沖縄振興策の最有力はITサービス業だ

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(以下、コラム記事を転載しています) **************************************************************************** 

復帰後50年にわたって膨大な金額の振興策を進めながら、いまだ沖縄の県民所得は圧倒的に低い。それは日本政府と沖縄県の産業振興政策があまりに現実性も戦略性もなかったためだ。しかし今一度冷静に現実を見たとき、今のニッポンが必要としている要素を沖縄が持っていることに気づくはずだ。

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この5月で返還50周年となった沖縄。しかし1人当たりの県民所得はほぼ常に全国最低ランクにある。全国平均に対しようやく70%を超えるまでには近年改善してきたとはいえ(資料『おきなわのすがた』のP.5参照)、この落差は著しいと言わざるを得ない。

その根本原因は2つあるとよく指摘される。1つめは米軍基地が要所を占めることにより、物流をはじめとする交通の効率が悪く(したがって社会の生産性が低く)、かつ広大な敷地を確保できないこと。2つめは観光以外に主要産業が少なく、とりわけ従来日本人が得意で付加価値の高い傾向のある製造業が育たなかったこと。

前者は後者の原因にもなっている。つまり十分に広い敷地を確保できないためと物流の効率が悪いために、県内に製造業のクラスターを形成するのが難しかったのだ。そもそも本土と物理的な距離があるため、製造した製品を本土の市場に運ぶための輸送費がかさむのと、(米軍用以外に)大きな港がないため部品の輸入と製品の輸出の両方にとって不利なことが明白なので、わざわざ沖縄に製造業の大規模クラスターを持って来ようと考える企業家がいなかったのだ。

実は隠れた根本原因がもう一つある。それは中央政府と地元自治体・沖縄県による産業振興政策の現実性と戦略性のなさだ。内閣府によると、復帰から22年度までの沖縄振興予算は、合計13.8兆円に上るという。本土との格差是正を目指しこれだけのお金を投じながら大した結果を生んでいないことに、県民と国民はもっと怒っていい。

中央政府の主要な振興策は何かと問うと、公共事業の高率補助、酒税の優遇措置、沖縄開発庁(現・内閣府沖縄部局)による沖縄振興予算の一括計上などだ。2012年度からは、振興に関する事業を県の裁量で決められる一括交付金も創設されている。

しかしお金の掛け方が悪い。全般的に道路整備が進んだとはいえ、まともな鉄道が整備されてこなかったため、かえって沖縄本島では都市部での交通渋滞を招いている。それが頼みの綱の観光業の足を引っ張るほどにひどい状態になっている(観光客が周遊できないため滞在期間が短くなりがちで、渋滞のひどさに呆れてリピート率も上がらない)。当然、他の産業の発展も阻害している。

「インフラ整備の最重要点はスループット上のボトルネックの解消」という原則を知らない人たちが地域開発計画を担ってきたとしか考えられない。

こうした「へたくそな振興策」の根本原因として、国と沖縄県がまともに向き合ってこなかった返還後の歴史があると指摘する声は多い。県は「基地に取られた土地を返せ。さもなくば援助しろ」の一本やり。片や国は「大人なしく言うことを聞けば援助してやる」という上から目線。残念ながら、膝突き合わせて沖縄の将来を語ろうとする関係ではなかったのだ。

国が予算を一括計上する方式のせいで県の政策立案能力が一向に高まらないこと、県が国からの補助金に依存してしまい地元の産業を本気で育てて税収を上げる気概を奪っていること、そして地元の産業界が補助金頼みの構造になってしまっていることなど、麻薬依存症のような弊害を地元にもたらしてきたことを直視すべきだ。そしてハコものに偏った土建屋的発想を今すぐ転換すべきだ。

ではどうすべきなのか。当たり前のことだが、地元が自分たちの将来像(ビジョン)を主体的に策定し、国がそれを可能な限り支援するという本来の役割分担の姿にならなければいけない。沖縄の将来像を戦略的に考えるため、地理的条件など現状の制約や所与の条件から目を逸らさず、冷静に考えてみようではないか。

既に触れたように、広大な敷地を確保できないので製造業には向いていない。大きな市場である日本本土にも中国にも距離があるのだから農業には向いていない。人口が多くないのだから商業の中心地にはなれない。鎖国時代ではないので中継貿易のニーズはほぼない。観光地としては成功しているが、コロナ前の盛況を取り戻すまでが精一杯で、そこから飛躍的に追加的付加価値を生めるほどの余地は乏しい。それらを冷静に見極めるべきだ。

その上で沖縄の良さは何か。もちろん世界有数の自然がもたらす観光資源の豊富さと暖かさが第一に挙げられようが、もう一つある。それは若い力だ。沖縄県は人口に対する19歳以下の子供の割合が全国で最も多く、22%を超えている。合計特殊出生率も全国ナンバーワン。つまり今後も全国一若い県を保持できる条件を持っているのだ。

すると見えてくるのはシンプルな方向性だ。物理的距離や地理的条件に制約されないことと、日本一の若い力を活かすことができること。この2つの条件を同時に満たすことができ、しかも付加価値の高い産業に傾斜配分して投資すべきだ。

それはずばりITサービス産業だ。ソフトウエアを作り出す産業セクター(いわゆるソフトハウスやSI業など)もあれば、それをうまく活用して社会の課題を解決していくサービス化の産業セクター(アプリ制作によるサービス開発や、新業態開発など)もある。いずれのセクターも基本的にリモートで仕事ができ(営業員はある程度ユーザー訪問も求められるが)、DX化の波に乗って引く手あまたの状況が今後も続くと期待でき、人手不足状況から考えてそこで働く労働者の賃金もまだまだ向上すると考えられる。

つまり沖縄県でITサービス産業を本格的に振興すれば、そこで企業は収益を伸ばすことができ、雇用される従業員は相対的に高い賃金を享受でき、地元にお金が落ち、ひいては地元自治体も税収を飛躍的に上げることができる。そうした社会経済的循環が十分期待できるのだ。

ではどうすれば沖縄の地でIT産業を本格的に振興できるだろうか。実はそんなに難しいことではない。他の主要産業に比べ、特別な地理的条件も、とんでもなく大規模な投資も必要ではない。

若年層の人口が多い沖縄なので、公立・私立の中学・高校、高専、専門学校、大学に至るまで本気でITスキルを教えれば、一挙にプログラマーとITエンジニアを増やすことは難しくない。つまり日本中で一番厄介な「産業の担い手不足」問題を解決する素地が沖縄には整っているのだ。

課題の一つは、彼らにITスキルを教える教師・講師が現地では圧倒的に足らないので、本土から呼び寄せる必要があることだ。ここにこそ公的資金を大胆に投入する必要がある。思い切って地元教育機関でのそうした採用枠を増やすべきだ。そして本土の既存IT企業が従業員講師を教育機関または自社や関連会社の地元事業所に派遣しやすくなるよう、そして教える気のあるITスキル保有者が気軽に移住できるよう、補助金を出すのも効果的だろう。

もう一つの課題は、育ったプログラマーとITエンジニアが地元・沖縄で働く場を確保することだ。方策には2通りあって、沖縄でのITベンチャーの起業に様々な優遇策(例えば資本家とのマッチング支援やユーザー企業への営業支援など)を講じることと、本土の既存IT企業に沖縄への本格進出を依頼し、その際に優遇策(様々な税の優遇、地元の教育機関への紹介など)を講じることだ。やはりここにも公的資金を思い切って投入して欲しい。

こうした課題の素早い解決にはどうしても国からの支援が必要だ。心ある日本国民は、沖縄への支援策が(麻薬的な作用でなく)正しい方向に向かうのであれば、正しい税金の使い方だと納得するに違いない。沖縄戦の悲惨さ、海軍司令官の大田実海軍中将が自決直前に海軍次官にあてた電文『沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』の意、そして占領下およびその後に県民が置かれ続けた理不尽な状況をよく理解しているのだから。

先に挙げた対策が本格化すれば、比較的短期間に沖縄でのITサービス産業の振興は可能となる。産業のエコシステムが一旦出来上がれば、沖縄の地はプログラマーやITエンジニアにとって理想の棲み処となろう。

温暖で風光明媚な土地と温和な性格の地元民たちという、集中して仕事をした後にすぐに気分転換できる環境が身近にあることは何ともうらやましく、都会でITスキルを持っている人たちはきっと争ってこの地に移住するようになる。

そして沖縄で生まれ育った人たちと共にITサービス産業を大きく育て上げ、地元でお金を循環させ、沖縄の県民所得を抜本的に底上げすることになろう。我々は沖縄の人たちに幸せになってもらいたいのだ。