日韓間の最大の「トゲ」とその抜き方

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この3月16日から17日にかけて韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が日本を訪れ、岸田首相と首脳会談を行いました。両首脳は関係正常化で合意し、11年以上途絶えていた首脳同士の相互訪問=シャトル外交の再開で一致しました。

両者は北朝鮮をにらんだ安全保障協力を推進し、外務、防衛当局による安保対話を早期に再開することも確認しました。日本政府は韓国への半導体関連材料の輸出規制強化措置を解除すると発表しています。戦後最悪と言われた日韓関係は修復へ大きく動き出したのです。

「太平洋戦争中に、朝鮮半島の人たちが日本の炭鉱や建設現場などで過酷な労働を強いられた」と韓国側が主張する「徴用工問題」は、日韓関係の中で最大の懸案となっていました。この問題に関し尹大統領が訪日直前に発表した韓国側の解決策を、岸田首相ら日本首脳陣が高く評価したのです。

日本政府は、1965年の国交正常化に伴って結んだ日韓請求権協定でこの問題は「完全かつ最終的に解決された」との立場です。しかし、2012年に韓国の最高裁判所は、徴用を巡る「個人請求権は消滅していない」とする判断を示しました。そして2018年、韓国の最高裁で日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定すると、原告側は日本企業が韓国内に持つ資産を差し押さえて売却することを認めるように地裁に申し立てたのです。

当時のムン・ジェイン政権は三権分立の原則から司法判断を尊重し(というより日本嫌いの世論におもねって日韓関係を軽視し)、日本企業の韓国国内の資産の現金化に向けた手続きが進みました。日本政府はこうした対応を国際法違反だと批判、現金化を避ける措置を執るよう強く求めてきました。こうして日韓関係は戦後最悪と言われるまでに冷え込んだのです。

この両国間に刺さった最大の「トゲ」である徴用工問題はどういう経緯で生まれたのか。なぜ両国での見解や世論がこれほど食い違うのか。その核心部分は日韓請求権協定の背景と趣旨です。

この協定は、日本と独立後の韓国が国交を結ぶにあたり、双方の債権・債務の関係を清算するために結んだ条約です。もちろん両国関係者も当時、徴用工問題のような個人による賠償請求問題が潜在的にあることを念頭に、互いに未払いの賃金など個人の財産・請求権問題について「完全かつ最終的に解決された」(第2条)と確認したのです。つまり「あとは互いの政府が面倒を見ることでいいね」と両政府が合意したのです。

1965年6月、外交関係を樹立するための「日韓基本条約」と同時に当該協定は締結され、同年12月に発効しました。日本からの経済協力は無償供与が3億ドル、有償は2億ドル。無償分だけでも当時の韓国の国家予算に匹敵する巨額の支援で、まだ発展途上国と先進国の間をさまよっていたような日本にとってもとんでもなく重い負担額でした(当時の5億ドルというのは今の貨幣価値にして約1兆8000億円と試算している例があります)。

もちろん協定の趣旨から、無償3億ドルには個人補償の解決金も含まれていました。この韓国政府に供与された巨額の金額のうち数割でもいいから、協定の趣旨に沿って当時の徴用工や慰安婦・被爆者など潜在的な損害賠償請求者の個人に支払われていたら、今生じている問題の多くは起きなかったはずなのです。

でも当時の韓国政府(朴正煕政権)は個人への補償はほとんどせず、韓国のインフラ整備や重工業産業の育成等に集中投下したのです(だからその恩恵を被ったポスコなどが今回の解決金の原資を提供するという話になっているのです)。これが『漢江の奇跡』と呼ばれる高度経済成長を実現する原動力となり、お陰で韓国は世界最貧国の層から脱したと、朴大統領が再評価されている所以でもあるのです。

日本としては当時、「話が違う」とは思っても口出しできる筋ではなかったのです。代々の韓国政府は後ろめたいものですから、こうした経緯を国民にはまったく説明しておらず(一部の知識人が時折書籍や論文で遠回しに触れますが、その度にメディアに「非国民」扱いされます)、そのため韓国民の大半は未だに「日本は賠償責任をほお被りして無視した非道な国」と信じ込んでいるのです。そして日本政府もなぜか韓国民に対し説明する努力をしていません(自国民にもきちんと説明しませんが)。

結果として韓国という国は大発展しながらも、何度も日本を「ののしる」、日本に「たかる」行為を繰り返す、やくざな国として日本人の多くから軽蔑される不幸な事態になっているのです。

この状況に対し、大きく局面を変える意志を持った人物が韓国側に登場しました。それが2022年5月に大統領に就任した尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏です。直後から韓国側から関係改善に向けての尹大統領の意志を示すメッセージが、様々な形で日本政府に寄せられてきたようです。しかし岸田政権としては安易にそれに乗れず、慎重な姿勢を崩すことはありませんでした。

その背景には慰安婦問題をめぐる苦い記憶があります。韓国政府には、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決された」とする2015年の両国間の正式合意を、後に国内世論に押されて反故にした「前歴」があるからです。しかも当時の安倍政権で外務大臣を務めた岸田氏は、この合意を結んだ当事者でした。それは慎重にならざるを得ませんよね。2度も同じ相手に騙されたとなっては、政治生命の問題だけでなく歴史的評価として「無能政治家」の烙印を押されかねませんから。

だから日本側からは譲歩案は基本的に出てきませんでした。一方、韓国側も解決への熱意は示すものの、「韓国の最高裁が出した、日本企業に賠償を命じる判決は否定しない」「日本政府は、決して日本企業に賠償させない」という難しい2つの条件を満たす解決策を示せないまま、ずっと時間だけが過ぎてきたのです。多分、両国の外交関係者は「もう無理」と諦めたこともあったのではないでしょうか。

それでもこの1月に韓国側が、「韓国政府の傘下にある既存の財団が日本企業に代わり原告への支払いを行う」という案を軸に解決策を検討していることを、初めて公の場で明らかにしました。多分、米国からの「早く決断しろ」との圧力もあってのことかと思いますが、正直あの韓国の政府がよくここまで思い切った決断をできるものだと、私も思いました。韓国世論を抑え切るという尹大統領の決意を感じたものです。

その後も両国の外交関係者は極秘に交渉を進め、韓国側が3月上旬、その具体的な解決策を発表したのです。さらに尹大統領は岸田首相との会談後の記者会見で、日韓関係の悪化については2018年の韓国大法院(最高裁)の判決に原因があるとした上で(ただし間違っていたとは指摘していません)、日本企業に求償権を請求しないと断言しました(韓国の国内法上、財団は弁済分を事後に、例えば政権交代後に日本企業に請求できる「求償権」を手にすることになります。実はこれが日本政府としての最大の懸念点です)。

一院制の韓国議会で少数与党の位置にある尹大統領は大いなるリスクをとってこの政治的決断を行った、と私は評価します。それだけ東アジア情勢の厳しさに危機感を以て対処しようとしているのでしょう。尹大統領の対日関係改善への意志は強固だと見て間違いないでしょう。

とはいえ韓国というのは、政権が変わると前の政権が振り出した証文は知らん顔するのが常の国です。尹大統領の在任期間で韓国国民の対日感情がどれほど改善されるか次第で、そしてその先、与党「国民の力」の大統領が続くのか、それとも野党「共に民主党」が政権の座を取り返すのかで、対日政策は180度違ってきます。どうやら尹大統領の政権期間は「ちゃぶ台返し」はなさそうです。でもその先は分かりませんよ、あの国なので。