ミドルネームという解決策がある

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(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************

随分と長い間、「旧姓使用」問題に関する論争が決着していない。しかし法律改正と全国官民のDBシステムの改修さえ決断すれば、この問題を解決できる選択肢がある。

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日本では戸籍法で夫婦同姓を課しているため、結婚後に姓を変更する女性が多い。しかし当事者にとってはアイデンティティの喪失感やキャリアの継続性リスクは大きく、職場では旧姓を通称として継続的に使用する人たちも増えている。

現在では多くの企業でそれを認める規定を設けているが、通称としての旧姓使用には法的な根拠がないため、幾つか深刻な問題を当事者にもたらしている。

まず、企業・団体によってはまったく対応できていない。対応できている企業・団体でも、通称と戸籍名の両方を管理する必要があり、事務処理の負担が増加する。通称と戸籍名を使い分けることで、取引先や顧客からの誤解や混乱を招く可能性があるし、公的な書類では戸籍上の氏名が使用されるため、手続きが煩雑になる場合がある。金融機関によっては、旧姓での口座開設やクレジットカード作成ができない。

こうしたことからこの問題に対し主に2つの解決策が提示されているが、それぞれデメリットが大きいため、議論が膠着している。

1.旧姓の通称使用の法制化

この案は、夫婦同姓を維持しつつ、旧姓の通称使用を法制度で根拠づけるものだ。例えば、パスポートや運転免許証などの公的書類に旧姓を併記できるようにしたり、会社や学校などで旧姓使用を認めたりすることなどだ。この案のメリットは、夫婦同姓を維持しつつ、旧姓使用による不利益を解消できるという点だ。保守層からは「これで十分じゃないか」と強い支持がある。

しかしながら幾つかのデメリットも明らかで、リベラル層からは「中途半端だし、実質的に今と変わらない」との拒否反応が強い(図表1参照)。具体的には次の通り。

1)管理上の負担増加

  • 公的書類では戸籍名が使用されるため、企業や団体では旧姓と戸籍名の両方を別途管理する必要が生じ、経理や人事担当者の負担が増加する可能性がある。

2)本人や周囲の混乱

  • 旧姓と戸籍名の使い分けにより、本人自身のアイデンティティの混乱や、周囲からの同一人物としての認識の遅れが生じる恐れがある。
  • 旧姓と戸籍名が異なることで、本人確認や契約締結などの場面で支障が生じる恐れがある。

3)悪用リスク

  • 通称使用の拡大によりマネーロンダリングや詐欺などの犯罪に悪用されるリスクも指摘されている。
  • 旧姓と戸籍名の紐づけ管理が徹底されない場合、犯罪者が旧姓を悪用して本人に成りすます可能性も否定できない。

2.選択的夫婦別姓制度の導入

この案は、結婚する際に夫婦がそれぞれ結婚前の姓を名乗ることを選択できる制度に切り替えることを意味し(もちろん夫婦が同じ姓を名乗りたいという自由は残る)、現在の「夫婦は原則として同じ姓を名乗ることを義務付ける」戸籍法の原則を改めるものだ。

この新制度導入には、現状の「旧姓の通称使用」や1で挙げたその法制化案では補えない、結婚による不利益の解消などといったメリットがあることは間違いない。

しかし社会的リスクも伴うため(図表1参照)、保守層を中心に強硬な反対論が根強い。具体的には次の通り。

1)子どもの姓の選択の問題

  • 生まれてくる子どもにどちらの姓を名乗らせるかの選択が問題となり、その度に夫婦間で意見が対立する恐れがある(それが故に離婚に発展しないかと懸念する声さえある)。
  • 子どもが成長してから姓を変えたい場合、家庭裁判所の許可が必要になるなど、手続きが煩雑になる可能性がある。

2)家族の一体感の喪失

  • 夫婦別姓の場合、家族であることを証明することが難しくなるのではないか。
  • 夫婦間、親子間、兄弟姉妹間で姓が異なる場合、家族の一体感が損なわれるのではないか。
  • 日本社会における伝統的な家族観や価値観とのずれが生じる。

3)相続や税制上の問題

  • 夫婦別姓を選択した場合、事実婚と同様に、相続や税制上の優遇措置が受けられない可能性がある(これは制度設計上の問題)。
  • 配偶者控除や配偶者特別控除、相続税や贈与税の特例などが受けられない可能性がある(これも同様)。
  • 戸籍管理や行政手続きが複雑化する可能性がある。

推進派(リベラル層)からすれば「『夫婦同姓がいい』という人たちはそのままでいいのだから、『夫婦別姓にしたい』という人たちにはその自由を与えてしかるべき」という意見だし、反対派(保守層)からすると「日本の社会を壊してしまいかねない」*という領域の話で、価値観がぶつかり合う事態だ。

*とはいえ、日本で夫婦同姓が一般的になったのは明治31年に施行された明治民法からだ。

要は、どちらの案も互いに一長一短あり、反対派を納得させ得るだけの説得力を持っていないのが現実だ(この2つは必ずしも二律背反でなく両方同時施行も可能なのだが、互いに聞く耳を持たないのが実情だ)。

3.ミドルネームの導入

そこで私案として提示したいのがミドルネーム導入という第3の選択肢であり、これなら両派とも納得できるのではと思えるものだ。

ミドルネームとは英語圏でよく見かけるものだが、例えばトランプ米大統領の場合、正式名はDonald John Trumpであり、このJohnがミドルネームだ。Donald J. Trumpと表記されることも、ミドルネームを略されることも多い。

このミドルネームは、先祖の名前、母方の姓、尊敬する人物の名前、洗礼名など、国や文化によって様々だ。日本では従来あまり馴染みがなかったが、日本で暮らす外国人の中にはミドルネームを持つ人もおり、外国人と結婚したことでミドルネームを持つことになった日本人を友人に持つ人も増えており、そんなに違和感を持つ存在ではなかろう。

ここで提示したい第3の選択肢は、関係法令を手直ししてこのミドルネームを戸籍制度に採り入れ、従来の「姓」と「名」に加え、結婚しても旧姓を使用したい人に「ミドルネーム」として使えるようにしてあげることだ。

もちろん、使いたくない人は従来のままでいいし、「恰好いいから」と無関係なものを誰にでも使わせる訳ではない。あくまで「結婚を機に」「旧姓」をミドルネームとして使うことを「正式に」認めるのだ。

例えば旧姓が「安藤」、結婚して新たな姓が「山田」になる(名が)「博美」さんだったら、日本語書類での表記は「山田 安藤 博美」、英語表記は ”Hiromi Ando-Yamada”とでもなるだろう。

こうすれば旧姓の通称使用およびその法制化と同様のメリットをまず受けられる(図表2参照)。アイデンティティの喪失も、キャリア継続性が損なわれるリスクも心配しなくて済む(海外論文でも本人同一性が認められるはずだ)。だから結婚による不利益も被らなくて済む(もちろん従来通り、新夫婦のどちらの姓を家族共通姓にするかの決断は必要だ)。

旧姓の通称使用に伴うデメリットもほぼ解消できる。旧姓と新姓の両方を示す形になるので使い分け自体を必要とせず、取引先や顧客からの誤解や混乱を招くこともない。法的な根拠があるので公的書類における手続きが煩雑になることもない。口座開設やクレジットカード作成も問題ない。

この方法ならば、選択的夫婦別姓制度の導入で心配されるような社会問題を回避できる。夫婦同姓は維持されるので、子どもの姓の選択に悩む必要はなくなるし、家族の一体感の喪失という懸念はなくなる。相続や税制上の問題も起きない。

この選択肢のデメリットは唯一、管理・システム面でのコストだ。公的な戸籍・住民票などのデータベース(DB)も、企業等の従業員DBも顧客DBも、従来は「姓」と「名」しか管理しておらず、「ミドルネーム」という項目を追加する必要があるし、管理コストも若干だが増えよう。

このシステム改修費用は小さくはないし、移行期間には(周知も含め)何年も掛かろう。しかし何十年も決着しない社会的議論に終止符を打ち、保守派もリベラル派も納得できるのであれば、むしろ早い決着だ。

ましてや、この問題が障害となって結婚に踏み切れない人の背中を押すことができ、結婚して姓が変わったことで「(配偶者はそのままなのに)自分だけが損をした」などと恨み言を言いたくなる人が減るのであれば、長い目で見れば社会的得失は大きくプラスではないか。 是非、新しい政治環境のもと、日本社会を前向きに動かす第一歩として「ミドルネーム」による解決を、政治家諸氏には目指していただきたい。