(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
メガトレンドは企業戦略の羅針盤となる。2010年代の代表的予測を検証し、「外れ」が示す不確実性から次の一手を考えたい。
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1. メガトレンド調査の背景
2019年、ある大手IT企業が中期経営計画の策定に向けて役員合宿を行った。その討議素材として、弊社は「2025-30年にかけての長期事業環境におけるメガトレンドとICTが解決できる社会課題」という調査レポートを提供した。参考にしたのは以下の代表的な未来予測資料である。
- 『マッキンゼーが予測する未来』(ダイヤモンド社)
- 『近未来予測2025』(早川書房)
- 『メガトレンド2017-2026 ICT融合新産業編』『メガトレンド2019-2028』(日経BP未来研究所)
弊社ではこれらを相互参照し、政治・経済・社会・技術のPESTフレームで再整理した。さらに環境省、野村総研、内閣府の長期課題資料を参照して、ICTによる解決が期待される社会課題を抽出した。
※これらの部分は以下の論考からは外しているが、弊社のクライアントと羅針盤倶楽部会員に提供するためのPathfinders Reportに収納している)。
2.マッキンゼーが示した「4つの破壊的な力」
『マッキンゼーが予測する未来』は、不可逆的で破壊的な4つの潮流が相互作用し、世界を大きく変えると指摘した。
- 異次元の都市化:アジアへの重心回帰と、かつてない規模での都市集中。
- テクノロジー・インパクトの加速:デジタル化を軸に技術革新と普及が雪だるま式に加速。
- 地球規模の老化:出生率低下と急速な高齢化。2030年には34か国が「スーパー老人国」となる。
- 世界の相互結合度の高まり:貿易、金融、ヒトや情報の移動が加速し、複雑化するグローバルな相互依存。
3.『近未来予測2025』が示した課題群
同書は6つの「課題(イシュー)」を提起した。
- 人口・社会問題:世界的な高齢化と「エイジレス社会」へのシフト。
- 都市の危機と挑戦:インフラ不足、居住地喪失、都市間競争。
- 覇権構造の変容:権力移動、政府影響力の低下、超連結社会。
- 資源と環境の懸念:資源逼迫、プラスチック汚染、食料廃棄。
- 企業に求められる視点:目的重視、データ価値の台頭。
人口問題、都市問題、環境問題、企業の存在意義といった論点は、今なお鮮明に残る。
4.日経BPが描いた「10のメガトレンド」
日経BP未来研究所は2017年・2019年のレポートで、10のテーマを示した。
- 先進国の老衰、新興国の成長、急成長の負の影響
- 市場の強大化、サステナブル価値観の台頭
- 人の心を算出する機能、リアルとバーチャルの相互連動とスマート化
- 働き方の変容とオンデマンド化
- 人類の超人化、幸福と休息の再定義
背景力学として「人口動態」「技術革新」「資源・環境」「価値観変化」を整理した点は、体系的かつ大いに示唆的であった。
5.代表的メガトレンド書の予想は当たったのか
2025年現在から振り返ると、これらの予測の多くは方向性としては的中している。
- ドンピシャだったもの:デジタル化の加速、世界的相互依存、資源制約。
- ようやく顕在化:高齢化の深刻化、都市インフラ不足、中央政府影響力の低下。
- 未だ不透明なもの:人類の「超人化」や生態操作といった領域。
つまり「当たり」「これから」「まだ先」が入り混じる「まだら模様」の現実となっている。
6.見えていなかったメガトレンド
一方、2010年代の代表的予測書が見逃した潮流もある。
- リベラルへの反動と分断の表面化
トランプ政権の登場を象徴に、民主主義・グローバリズム・環境重視・LGBT共感といったリベラル価値観に対する反発が顕著化。先進国での移民忌避、分断の拡大は、当時の予測では十分に捉えられていなかった。 - 主要国社会での二極化―中間層の劣化
米国や欧州、日本を含む先進国では、中間層の購買力や生活安定性が低下。富裕層と低所得層の格差が拡大し、社会的二極化が進んだ。この構造的変化は分断の背景要因の一つであり、ポピュリズム政治の台頭にも直結した。 - ロシアのウクライナ侵攻と逆流するエネルギー秩序
2022年以降の戦争は、世界的インフレとエネルギー供給網の混乱を招き、化石燃料依存が一時的に逆流する現象を生んだ。気候変動対応の大きなリスクファクターとして顕在化したが、2010年代の予測書では地政学リスクは軽視されていた。 - 安全保障体制の再編と財政構造の変容
自由主義陣営は安全保障に巨額投資を余儀なくされ、防衛産業の再興と財政圧迫を招いた。ICTや経済よりも軍事と安全保障が政策の中心に再浮上する潮流は、当時は十分に想定されていなかった。 - AIの急速な進展と社会的インパクト
AIの進化は当時も論じられていたが、2020年代に入っての生成AIの爆発的普及は、予測を超える速さで社会を揺さぶった。文章生成、画像生成、プログラミング支援など、知的労働の一部がAIによって置き換えられる現象は、既存産業の構造や教育・労働市場に大きな衝撃を与えた。AIは単なる技術トレンドにとどまらず、「人間の役割とは何か」という根源的な問いを突きつける存在となっている。
7.結語
未来予測は「外れる」ことを前提に読むべきだが、それでも2010年代に描かれたメガトレンドの多くは、方向性としては的中した。都市化、デジタル化、高齢化、環境・資源制約は、今や誰もが認める不可逆的な流れである。
一方で、「見えていなかったもの」として、価値観の反動、社会の二極化と中間層の劣化、地政学的衝突、安全保障の復権、そしてAIの急速な進展が加わった。これらは不確実性を増幅し、従来の社会予測を一気に塗り替える力を持つ。
企業にとって重要なのは、「当たった予測」を前提に計画を立てつつ、「外れた予測」が示す不確実性に備える二重構えの姿勢である。具体的には、
- シナリオプランニングの常態化:一つの未来像に依存せず、複数シナリオを常に検討する。
- レジリエンス投資:地政学リスクやサプライチェーン分断に備え、柔軟なオペレーション体制を構築する。
- 人材とAIの共進化:AIが知的労働に浸透する中で、人間が担うべき領域を再定義し、教育・スキル再開発に注力する。
- 社会的価値の再設計:二極化や分断の中で企業が果たすべき役割を問い直し、持続可能性や包摂性を戦略の軸に据える。
2010年代の未来予測を「当たった部分」と「外れた部分」に切り分けることは、単なる回顧ではない。そこから「次の未来予測」を構築するための出発点が見えてくるのである。