求められる仮説検証(8)仮説検証が定着すると戦略プロジェクトと組織はどう変わるのか

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(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************

戦略プロジェクトにおいて「仮説検証」が組織全体の標準的な実践(プラクティス)として定着したとき、プロジェクト現場での最適化に加え、組織の意思決定の質と学習が着実に進化していることに気づくだろう。

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本シリーズ第4弾の記事では、「戦略仮説の検証の必要性と効能」は「戦略仮説の信頼性を高める」ことと、「仮説が間違っている場合の被害を最小限に食い止める」ことの2つに大きくまとめることができると結論づけた。

これらは個々の戦略プロジェクトにおいて戦略仮説を検証することで得られる効能であり、そうした重要な要素を失わないために検証が必要なのだという趣旨である。

では(個々のプロジェクトでの話ではなく)組織として「戦略プロジェクトにおいては戦略仮説を検証するのが当たり前」というふうに実践が定着するまでに進化すると、何がどう変わるのか。それを整理してみよう。

  1. 戦略プロジェクトの現場

まず戦略プロジェクトの策定・推進の実践において幾つもの進化が生まれる。我々が長年付き合ってきたクライアント側の変化や、弊社側の担当者の成長として実感している。端的なものを挙げると、次の通りである。

1)イシュー全体を構造的に考え、抜け漏れが少なくなる

戦略仮説の検証を前提とすることで、考えるべき論点(イシュー)が自然と網羅的になる(ツリー構造で考える)。仮説を立てる→検証する→結果に応じて修正→次の仮説を立てる、というプロセスを繰り返す中で、プロジェクトチームは全体像を漏れなく、論理的なつながりをもって捉えようとするようになる。

2)課題仮説の検討がより「多面的」に「深掘り」され、「すぐに検証」となる

仮説検証の習慣化により、一つの課題に関する要因を、一つの側面からだけでなく、市場・競合・顧客・自社リソースなど、多面的な視点から検討するようになる。

また、思いついた打ち手を裏返した安易な課題仮説ではなく、要因を構造的に捉えて深掘りされた本質的な課題仮説を立てるようになる。

そしてその検証をプロジェクト後半に先送りすることなく、迅速かつ低コストで検証するためのアプローチを常に考えるようになる。

3)打ち手仮説の初期抽出数が格段に増え、有力な方策には複数版が常に用意される

仮説検証は、最善策を一つ見つけ出すことだけでなく、「仮説は仮説。間違っているかも知れない」という視点を持つことでもある。そのため、プロジェクトの初期段階では、本命的な打ち手を思いつくことで満足することなく、「こんなのあり得ないかも知れないけどさ」というのも含め、多数の代替案を積極的に抽出するようになる。

絞りに絞られた有力な打ち手仮説についても、一部分や条件が異なる複数のバージョン(複数版)を用意しておくことが習慣化する。

4)レベルの異なる検証方法が矢継ぎ早に考案され、その手当・手配が素早くなる

検証の段階や仮説の性質等に応じて、デスクリサーチ、専門家インタビュー、クイックなプロトタイプ(MVP)による顧客テストなど、検証に必要な時間やコストが異なる多様な検証手法を柔軟に使い分ける知恵が蓄積される。

また、検証作業そのものがプロジェクトの一部として定着することと、検証に掛かる準備期間が強く意識されるため、検証に必要なヒアリング先への依頼・アポ取りをはじめとするリソースの手配や調整が迅速になると同時に従来に比べ極力前倒しされ、実行に移すスピードが格段に向上する。

5)施策案として「プランBC」が常に検討される

(前述の)打ち手に関する複数版の検討に加え、施策の実現可能性や効果の不確実性が高い場合、「主要な施策が頓挫した場合」や「想定通りの効果が出なかった場合」に備えて、事前に代替となる施策(プランB、C)を検討し準備しておくことが当たり前になる。

これにより、不測の事態に対するプロジェクトの回復力(レジリエンス)が高まる。

6)実行計画には事後検証が含まれ、その検証対象事項毎に検証方法とタイミング、担当と報告相手が紐づく

プロジェクトの成果物である実行計画(アクションプラン)には、施策の実行フェーズだけでなく、「施策が想定通りの効果を生んでいるか」を検証するための事後検証の計画が必須要素として組み込まれるようになる。

具体的には、「何を(検証対象事項)」「いつ(タイミング)」「どうやって(検証方法)」「誰が担当し、誰に報告するか」が詳細に決められ、実行計画と一体のものとして管理されるようになる。

もちろん弊社のクライアント全社・全事業部門がこれら全部をできている訳ではないし、弊社が数年間関わらなかった間に「先祖帰り」してしまったケースもないではない。それにプロジェクトの性格や規模によっても重点や緻密さは相当異なる。

しかし全般的には、少なくともこうした側面について、初期のレベルから比べると格段の違い・進歩があることも事実である。

2.組織全体

個々の戦略プロジェクトの実践レベルが上がってきた結果、組織全体でも(大企業では往々にして事業部門単位だが)じわじわと変化が生まれてくる。

1)承認の場面において報告を受ける側が、検討過程のロジックや検証具合に、より注意を払うようになる

プロジェクトの提案を受ける側の経営層や上長は、単に「A案がベストである」という結論の魅力や熱意だけでなく、その結論に至るまでの戦略仮説の論理的な道筋(「なぜその課題が重要なのか、それをどう捉えたのか」「なぜこの打ち手が効果的だと考えるのか」など)と、その仮説を裏付けるための検証のプロセスと結果に強く注目するようになる。

つまり、「どれだけ深く考え、どれだけ色んな観点で妥当性を検討したか」が承認の重要な判断基準となるのである。これにより、戦略プロジェクトの品質そのものに対する組織の要求と対応の水準が着実に向上する。

2)事前に報告資料を共有するようになり、会議での「開けてビックリ玉手箱」が稀有になる

承認者が結論に至るまでの詳細なロジックや検証データを確認したいと考えるようになる一方で、質疑応答の時間を確保する目的で報告者は会議の場での説明時間を節約するよう求められるため、報告資料を事前に共有する習慣が生まれる。

その結果、会議の場では初めて資料を見て「なんだこれは」と戸惑うといった(弊社が関与するプロジェクトで禁止している「開けてビックリ玉手箱」の)状況がなくなり、建設的な議論に集中できるようになる。これは情報共有と透明性の向上という組織文化の変化を促す。

3)報告会議の場においては、本質的な質問・指摘が主を占めるようになる

事前に検証済みのデータやロジックが共有されていることで、承認者は表面的な事実確認や思いつきの指摘ではなく、プロジェクトの持つ根本的な戦略性や検証の網羅性・妥当性といった本質的な論点に時間を割くようになる。

これにより、報告・承認会議は「詰問の場」から「意思決定と戦略洗練の場」へと質的に変化し、議論の生産性が飛躍的に向上する。

4)検証をきちんとしたプロジェクトが好意的に扱われ、そのプラクティス(実践)が他のプロジェクトや事業部門にまで波及する

適切な検証に基づいて提示された提案は、その実現可能性や成功確率が高いと判断されやすくなる。その結果、そうしたプロジェクトや部門には投資が優先的に配分され、承認がスムーズに進むという成功体験が組織内で共有される。

この成功体験は強力な模倣のインセンティブとなり、「検証をしっかりやることが成功の近道である」という認識が広がり、組織全体のベストプラクティスとして自然に浸透していく。

5)事後検証が定着することで、組織的に学習し次に活かすことができる

事後検証が当たり前になることで、「プロジェクトが成功した理由」「失敗した理由」が客観的なデータとして残るようになる。

これにより、単なる個人の反省に留まらず、その知見を組織の共通言語・共通財産として蓄積し、次に活かすための仕組み(ナレッジマネジメント)が機能し始める。仮説の構築―事前検証―実行―事後検証のサイクルが回ることは、組織全体として戦略策定・実行のスキルを高めていく、動的な学習能力の獲得に他ならない。

6)結果として合理的なプロジェクトが増え、全体としてのパフォーマンスが上がる好循環が生まれる

検証に基づく合理的な意思決定が組織全体に広がることで、「なんとなく良さそう」という直感や過去の成功体験に頼った非合理的な判断が減少し、市場のデータや顧客に関するインサイトや直接ヒアリングに基づいた、地に足のついた戦略が推進されるようになる。

これにより、プロジェクトの成功確率や投資対効果(ROI)が全体として向上し、組織の競争力とパフォーマンスが持続的に強化されるという望ましいスパイラルが生まれる。

3.結び

仮説検証の定着は、単に個々のプロジェクトの成功確率を高めるというミクロな効果に留まらず、組織の意思決定の質、会議の生産性、そして学習能力という、組織の根幹を成す要素を劇的に進化させるマクロな影響をもたらす。これは、「戦略的思考」を個人のスキルから「組織の文化・システム」へと昇華させるための、極めて重要な進化プロセスだと言える。