(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
仮説検証の必要性について改めて訴える「求められる仮説検証」シリーズの第4弾。「戦略仮説の検証」が必要な具体的理由を述べたい。
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3つ前の記事にて「戦略仮説とは」を語り、前々回と前回の記事では「戦略仮説の検証とはどんな事をするのか」を例に基づいて語った。今回は「ではなぜ戦略仮説を検証する必要があるのか」というテーマに踏み込みたい。
経営の教科書ではこれは当然の前提とされるためか解説されることはあまりないが、戦略仮説を検証する理由あるいは効能は、大きく2つにまとめられる。
1. 戦略仮説の信頼性を高める
第一の効能は、戦略仮説の信頼性を高めることだ。戦略仮説が未検証で「生煮え」のままだと、「この戦略は本当に信頼できるのか?」という疑念が生じる。それが、実行段階で必要な協力を得られないという大きな障害につながることがある。
この疑念や抵抗は、プロジェクトが進行し、終盤に差し掛かるほど強まる傾向がある。たとえば、新カテゴリーの製品を開発し市場投入する場合、初期の企画段階では「よく分からないが」という確信度でも試行錯誤が許される。
しかし、市場投入が目前になった段階で「実は市場調査を十分にしていなかった」となると、経営者や販売部門は不安を抱き、投入のGOサインを出さなくなる。
だからこそ、事前にきちんと検証しておくことで仮説の精度に対する信頼性が高まり、関係者も安心して協力してくれる環境が整う。
ただここで留意しておくべきなのは、「課題仮説」と「打ち手仮説」のどちらが未検証かによって、関係者の反応が異なることだ。
課題仮説が未検証でも、打ち手仮説が検証済かつ好結果が出ていれば、「まあ結果が出ているなら」と納得して協力してもらえるケースが多い。
逆に、課題仮説が検証済でも、打ち手仮説が未検証だと、「これ本当にうまくいくの?」という不安が募り、最悪の場合、市場投入がストップすることもある。
もちろん、だからといって課題仮説の検証を怠っていいわけではない(後述の第二の効能を考えれば得していただけるだろう)。どちらもきちんと検証しておくことで、戦略仮説そのものに対しての信頼性はもちろん、戦略策定者に対する信頼性も高めることができ、実行に向けての協力を得やすくなる。
2. 仮説が間違っている場合の被害を最小限に食い止める
もう一つの効能は、仮説が誤っている場合でも、それに早期に気づき被害を最小限に抑えることができる点だ。ここでは、「課題仮説」と「打ち手仮説」それぞれの場合に分けて考えてみたい。
(1)課題仮説が誤っている場合
課題仮説とは、「解決したい事態=課題の構造はこうなっているのではないか」という要因構造の仮説のことだ。つまり、単に「こういう問題がある」という表層的な話ではなく、問題の本質や要因、それらの構造をどう捉えるか、という部分が問われる。
この課題仮説がずれていると、たとえ課題そのものは正しく設定されていたとしても、本質的でない点に着目して打ち手を組み立ててしまうリスクがある。
例えば、既存顧客の解約率(チャーン率)が高いことが問題だと正しく認識しており、「長期契約を促すインセンティブ制度を導入すれば解約が減るだろう」という打ち手仮説を立てたとする。
ところが、いざ試してみると、顧客は価格や条件ではなく、実はサポート対応の遅さなど体験面の不満から解約しているため、インセンティブ施策がほとんど効果を発揮しない場合がある。
このケースでは一見「打ち手仮説」の誤りと思われるかもしれないが、実は「課題仮説の誤り」なのだ。問題の存在認識(解約率の高さが問題であること)は正しいが、その問題がなぜ生じているのかという要因構造の認識が間違っていた、という訳だ。
つまり、課題仮説の検証は「課題/問題の構造的な見立てが正しいか」を確認する作業であり、これにより戦略の根本的な方向性を間違えずに済む。検証により誤りに気づければ早い段階で方針転換ができ、無駄な検討の時間や手間といったリソースの浪費を回避できる。
(2)打ち手仮説が誤っている場合
打ち手仮説は、特定の課題に対して、「こうすれば解決するはずだ」という具体的な対策の仮説だ。課題認識が正しく、問題の要因構造もきちんと把握できていたとしても、解決策(打ち手)の選定や実行方法が不適切であれば、期待した成果は得られない。
例えば、「既存顧客の解約率が高いのは、サポート対応に時間がかかり過ぎて顧客体験が悪化していることが主要因だ」という課題仮説が正しく認識されていたとする。そのうえで、「AIチャットボットを導入すれば顧客の不満は大幅に減り、解約を抑制できるだろう」という打ち手仮説を立てたとする。
しかし、実際にAIチャットボットを導入してみると、期待された効果がほとんど出ない可能性がある。なぜなら、顧客が必要としていたのは「機械的な即時回答」ではなく「複雑な問い合わせに対する人間の丁寧な対応」だからだ。そうなるとサポート体制の自動化はむしろ不満を助長し、解約率は下がらない。
この場合、「課題仮説(サポート対応の遅さが解約要因)」は正しかったが、「その解決策としてAIチャットボットを導入する」という打ち手仮説が誤っていたことになる。
あるいは別の例として、社員の生産性が低下している原因が「部門間の連携不足にある」という課題仮説が正しく認識されていたケースを考える。
打ち手として「新しいコラボレーションツールを導入すれば連携が改善するはずだ」という仮説を立てたが、導入後にわかったのは、既に似た機能のツールが複数存在し、逆に情報が分散してしまってさらに非効率になったというものだ。結果として、新ツールの導入はむしろ社員の生産性をさらに低下させることにつながってしまう。
これらの打ち手仮説に対しては、本格的なツール導入の前に一部の現場(または顧客)に対し新しいツールを試験的に導入して、「本当に狙った効果が出るのか」を検証することが真っ当なやり方だろう。そうすれば問題が「複雑骨折」化することもなくなる。
このように、打ち手仮説の検証は、「正しい課題に対して、選んだ打ち手である施策が実際に機能するかどうかを確かめる作業」であり、適切な検証をすることによって早期に誤りを発見し、大規模展開前に軌道修正できることが大きな効能だ。