(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************
消費者のニーズと生産現場の論理、その乖離が限界に達しつつある。2026年の今、和牛が直面している構造的危機を「霜降り」というキーワードから解き明かす。
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ふるさと納税サイトに並ぶ「白すぎる肉」への違和感
昨年12月、小生は「厚切りの赤身ステーキ」を求めてふるさと納税サイトを検索した。しかし、数百件におよぶ候補を眺めているうちに、言いようのない違和感に襲われた。
画面を埋め尽くすのは、「最高級A5ランク」「究極の霜降り」「口の中でとろける」といった、画一的なキャッチコピーのオンパレード。いくらページを変えても、細かな脂(サシ)が入った白っぽい肉ばかりだった。
自治体や業者は、依然として消費者の「霜降り信仰」を盲信しているようだが、それは大きな誤解ではないか。本当にステーキや焼き肉を愛する人間が求めているのは、噛み締めた瞬間に肉本来の旨味が溢れ出す、肉厚で健康的な赤身肉であるはずだ。
そもそもサシを極限まで入れた霜降り肉は、(薄切りにしてさっと火を通す)すき焼きやしゃぶしゃぶには適していても、厚切りのステーキには不向きだ。脂の融点が低い和牛の霜降りは、塊で焼けば脂っこさが勝り、数口で胃がもたれてしまう。ここには大きなミスマッチが存在している。
テキサスの「赤身」と日本の「脂」
かつてテキサスに住んでいた頃、日常的に食したアンガス牛のステーキは、まさに至福の味だった。見事な赤身肉を、現地の焼き手は完璧な技術で焼き上げる。肉汁を内側に閉じ込め、ナイフを入れた瞬間に溢れ出すそれは、まさに「ゴールデンジュース」と呼ぶにふさわしい。肉を食らう喜びがそこにはあった。
翻って、日本の高級鉄板焼店はどうか。シェフの華麗なパフォーマンスは確かに目を引くが、供される肉はどれも脂が強すぎて、正直なところ「美味」とは言い難い。パフォーマンスという付加価値で誤魔化されてはいるが、肉そのものの満足度においてはテキサスの赤身ステーキの足元にも及ばない(個人の感想です)。
焼き肉店を倒産に追い込む「A5至上主義」の呪縛
この「霜降りへの偏愛」は、単なる好みの問題を超え、深刻な経済問題を引き起こしている。2024年から25年にかけて、国内の焼き肉店の倒産は過去最多のペースで増加中だ。コスト高に加え、「市場でA5ランク以外の和牛が手に入りづらい」という異常事態が主要因の一つのようだ(NHKの『所さん!事件ですよ』でも指摘されていた)。
畜産農家は口を揃えて言う。「A5ランクを作らないと生活していけない」と。日本の牛肉格付制度は、脂肪交雑(サシ)の多さを最優先に評価する。高い格付けを得られなければ、セリで十分な価格がつかず、生産コストを回収できない。農家は生き残るために、牛を動かさず、ひたすら濃厚な穀物飼料を与えて「太った脂の塊」を作ることを強いられているのだ。
和牛業界を襲う「三つの壁」
この「霜降り神話」によって築かれた高い経済価値が、今や業界の首を絞める「自縛」の状態に陥っている。和牛業界が直面している課題は、主に以下の三点に集約される。
1. 消費者のし好の変化
健康志向の高まりや人口の高齢化により、「重すぎる脂」を敬遠する層が国内でも急速に拡大している。多くの消費者が求めているのは、赤身の持つ力強い旨味や、適度なサシとのバランスである。市場の供給方向と消費者のニーズが、完全に乖離してしまっているのだ。
2. 生産コストの爆発的増大
霜降りを極限まで高めるには、長期の肥育期間と、大量の輸入穀物飼料が不可欠である。近年の円安と国際情勢の不安定化に伴う飼料価格の高騰は、この「贅沢な生産モデル」を直撃した。コストを価格に転嫁すれば消費者が離れ、転嫁しなければ農家が潰れるという、逃げ場のないジレンマに陥っているのだ。
3. 輸出戦略の限界
海外市場において、当初「Japanese WAGYU」はその希少性から注目を集めた。しかし、世界のステーキ市場に浸透するにつれ、「メインディッシュとして食べるには脂が強すぎる」というネガティブな声が強まっている。世界的な健康志向と、和牛の「脂肪過多」というイメージは、もはや相容れないものになりつつある。
格付け制度という「壁」
なぜ、これほどまでに問題が明確でありながら、まともな方向への変化が起きないのか。その根本的な要因は、日本食肉格付協会の格付基準が「霜降り重視」のまま硬直化していることにある。
現場の生産者の中には、需要の変化を敏感に察知し、「美味しい赤身」へのシフトを望む者も多い。しかし、現行制度の評価基準が「サシ=正義」である以上、赤身重視の肉作りは「経営的な自殺行為」となってしまう。格付制度が変わらない限り、生産者の挑戦は事実上封じられているに等しいのである。
「神話」からの脱却を目指す動き
しかし、絶望ばかりではない。一部の先駆的な生産者の間では、放牧による「グラスフェッド(牧草飼育)」や、アミノ酸含有量など「旨味」を数値化した独自のブランド化など、霜降り神話からの脱却を目指す動きが加速している。
彼らが目指すのは、「白い肉」ではなく「美味しい肉」だ。 日本には、和牛という世界に類を見ない優れた遺伝資源がある。これを活かす道は「脂の量」を競うことではないはずだ。
私たち消費者がふるさと納税の画面で本当に見たいのはA5という記号ではなく、その肉がどのように育てられ、どのような旨味を持っているのかという物語である。 業界が「霜降りの自縛」を解き放ち、多様な美味しさを認める柔軟性を獲得することで、和牛が再び、真の意味で世界を魅了する食材へと進化を遂げることを期待したい。
