2026年3月11日。東日本大震災から15年が経過しました。節目となる今年、各地で開催されているシンポジウムで共通して聞こえてくるのは、美辞麗句ではなく「復興計画とその実行は、反省だらけだった」という痛切な振り返りの声です。
なぜ、あれほどの支援と情熱がありながら、私たちは「もっとこうすべきだった」という後悔を抱くのでしょうか。そこには、災害心理学と組織論がぶつかる「避けて通れない壁」があります。
1. 「被災者が決める」という理想の罠
復興の主役は被災者自身である。これは論理的に正しく、人道的な理想です。しかし、現実は非情です。
想像してみてください。住まいを失い、家族の安否を憂い、明日をも知れぬ状況に置かれた直後に、10年後、20年後の街のビジョンを「冷静に」描ける人がどれだけいるでしょうか。
これは、地元の自治体職員も同じです。彼ら自身もまた被災者でありながら、殺到する緊急対応に追われ、極限の疲労の中にいます。そんな状態で、数十年先を見据えた緻密な判断を下せというのが、土台無理な話なのです。
2. 「身の丈を超えた計画」か「近視眼的な対応」か
極限状態での判断は、どうしても両極端になりがちです。
- 過大な計画: 悲しみと高揚感が入り混じり、現状を無視した巨大なインフラや箱モノを計画してしまう。
- 近視眼的な計画: 目の前の不便を解消することだけに終始し、将来の人口減少や産業構造の変化を無視してしまう。
結局、混乱の中でひねり出された計画は、「震災前にどこまで考えていたか」という思考の貯金を1ミリも超えることができないのです。
3. 「事前復興」という考え方:企業でいうBCP
ならば、私たちはどうすべきか。答えは一つです。「被災する前に、復興計画を立てておくこと」。いわゆる「事前復興」の概念です。
これは、ビジネスの世界では当たり前のBCP(事業継続計画)と全く同じロジックです。
- オフィスが使えなくなったら、どこで業務を再開するか?
- システムがダウンしたら、どうバックアップを稼働させるか?
これらを火災の最中に考える経営者はいません。街づくりも同じはずです。平時の今、想像力を最大限に働かせ、住民と行政が「もしもの時の街の畳み方・広げ方」を議論しておく。これこそが、次なる災害に対する最大の防御であり、真の意味での「減災」に繋がります。
結びに代えて:想像力という名の備蓄
「復興は、事前に考えた枠を超えることは困難である」。この言葉を、絶望ではなく「指針」として捉えたいと思います。
15年前の教訓を「あぁ、大変だった」だけで終わらせないために。今、私たちがすべきなのは、まだ見ぬ災害に対して「その時、どう立ち上がるか」をあらかじめ定義しておくことではないでしょうか。
