求められる仮説検証(3)戦略仮説の検証とはどういうものか(その2)

ブログビジネスモデル

(以下、コラム記事を転載しています) ****************************************************************************

仮説検証の必要性について改めて訴える「求められる仮説検証」シリーズの第3弾。前回に引き続き、「戦略仮説の検証」とはどういうことを行うものなのかを具体例を使って紹介したい。

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前々回の記事にて「戦略仮説とは」を語り、前回の記事で戦略仮説の検証の具体例を語った。とはいえ一つの例だけではピンと来ない人もいると思うので、今回さらにもう一つの具体例を説明したい。

前回の事例は「クライアントが持つ特有技術を基に新規事業を開発する」という戦略仮説に関わるものだった。今回は弊社のもう一つの得意パターンである「クライアントの既存事業の中核的な問題を解決することで収益を改善する」という戦略仮説とその検証について採り上げたい。やはり当該事例に係るクライアントの固有情報をなるべく伏せながらの解説となることをご了解願いたい。

1.ケース概要

まずこのケースの概要を示す。クライアント企業(以下、Cと呼ぶ)は当時、1部上場のメーカー。全体の売上の3~4割を占めていた主事業は一般ユーザー向けの汎用的な通信機器のOEM製造で、典型的なB2Bビジネス。巨大な企業(以下、企業Xと呼ぶ)を絶対的な販売先とするものだった。市場全体でみても、その企業Xの設計による同社ブランド製品が圧倒的なシェアを占めていた。

当時、市場は大きく変動する「とば口」にあった。各メーカー独自の製品が高機能化かつ多様化し、消費者の人気が急激に高まっていた。その結果、それまで市場を制覇していた企業Xからの汎用製品の発注量は期を追うごとに減っていた。

それまでCは期初に先立ち、その企業Xからの年間販売計画を受け取り、それに基づく年間生産計画を綿密に策定、粛々と生産・納品することで大きなビジネスが成り立っていた。いわば「計画経済」が成立していたのだ。しかし企業Xからの実際の発注量が期を追うごとに減るだけでなく、期中でも期初の販売計画からどんどん乖離するようになり、大きな問題となっていた。

当初Cでは在庫の置き場所の確保や生産タイミングの調整といった小手先の対応に掛かり切りだったようだが、やがて本格的な対策を考える必要があることに気づいた。

まずは顧客窓口である企業Xの調達部門に相談しても、当該部門は営業部門からの注文数を伝えているだけだから先の見通しについて何も分からず、答えようがない。

本社営業部門でも全国の支社からの数字を足し合わせているだけなのは同じで、足元である東京の各支店から上がってくる直近の販売状況が分かるだけましというレベル。期初の販売見通しからの乖離は全国の支社間でずいぶんと差があったのだが、その背景要因はまったく掴めていなかった。

2.課題仮説の構築

不安になったCの経営者から相談を受けた小生はその段階で対策プロジェクトに加わったのだが、当初はまともな情報がほとんどないことに閉口した。

Cの営業部門も完全に受け身体質で、企業Xの調達部門からの発注を待つだけだった。そのため、自社の製品(OEMだったのでブランドは企業Xのものだったが)が全国のどの地域でどれだけ売れているかすら把握されていなかった。

したがって、この急激な落ち込みが表面化した段階でも、どの地域でどれほどの急ブレーキが掛かっているのか、ましてや各地域での落ち込み度合いを左右する要因も、さっぱり分からない状態だったのだ。

「分からない」ばかり言っていても始まらないので、まずは事実をなるべく多く集めようということで、プロジェクトチーム(PT)としては全国の営業組織(主にビジネス向けの通信機器の販売を担当していた)にお願いして、企業Xの全国の支店・営業所を回ってもらい、C社製品の実際の販売数の推移をヒアリングするところから始めた。

すると明らかに地域的な偏りが大きいことが判明した。しかも元々販売数が大きい、すなわち人口の多い地域ほど落ち込みの割合も大きいことが分かってきた。これは経営的に由々しき問題であると同時に、小生にはある仮説が浮かんだ。すなわち「家電量販店が増えている地域ほど落ち込みが激しい」のではないか、と。

それはつまり、ユーザーである消費者は、企業Xの営業窓口で汎用品を注文しなくなった代わりに、量販店でメーカー独自の製品を品定めしながら購入するように消費行動が急激に変わってきているのだ、という話だ。

もしその仮説が正しいなら、家電量販店の進出が今後も見込まれる幹線道のロードサイド周辺などの地域、そして大型家電量販店が既に乱立していた首都圏や大阪などの都心部はさらなる落ち込みが相当程度に予想されるということになる。

3.課題仮説の検証

そこでPTではまず、その課題構造の仮説が本当に正しいのかを全力を挙げて検証することとした。

企業Xの営業窓口の所在地と、その最寄り地に家電量販店があれば各地の地図上で紐づけし、その営業窓口を統括している地域の支店からの発注量の落ち込みが家電量販店の出店時点から大きくなっていないかを、全国の主要都市で片っ端から調べ上げた。

結果は恐ろしいほどに一致していた。課題仮説は正しいことが検証されたのだ。

4.打ち手仮説の構築

そこからは課題を「(今後、こうした消費行動が広がり定着していく中で)どう対処すればこの汎用品ビジネスは収益を維持・改善できるのか」というふうに置き換えて(※)、次はその課題を解決する仮説を構築する段だ。

※この時同時に、このメーカーとしては「家電量販店で販売するメーカー独自品ビジネスをいかに急速に広げていくか」という別の課題も追求することになったのは言うまでもない。

この汎用品の需要がこのあと細っていくことは明白だったが、まだまだ主力商品ではあるし、顧客である企業Xとの取引は他にも色々とあるため生産の優先度はそう下げるわけにもいかなかった。C側でできることは限られており、過剰な生産をしない、無駄な在庫を抱えない、という基本方針を固めた上で策(打ち手仮説)を練った。

具体的には、1)(顧客からの需要見通しに頼らずに)自らの需要予測手法を確立すること、2)顧客からの発注頻度を上げてもらうよう交渉すること、3)その発注量に応じて生産ロットを小さくし、生産ラインも順次縮小すること、4)部品在庫も従来以上に厳密に管理すると共に、下請けの部品メーカーには毎月の生産見通しを伝えて影響を最小限に止めること、といった策を次々に決めていった。

これらの打ち手仮説はそれぞれ具体的方策に落とし込む過程で検証・検討を繰り返して、精度を上げていった。小生が特に深く関わったのは、経緯からして1)の「自らの需要予測手法を確立する」という打ち手仮説の具体的な策定だった。

課題仮説の検証としては「需要落ち込みタイミングと量販店の展開時期の一致」だけで十分だった訳だが、打ち手としての需要予測手法はさらに細かい条件をモデル化する必要があり、その前例もない中でかなり悪戦苦闘した。

まず企業Xからのヒアリングが(実績のブレイクダウン以外には)ほとんど役に立たないことは前提とせざるを得なかった。そしてその時点で存在する各地の量販店マップと開店時期、そして量販店ができてからの地域の需要に関する過去の実績数値の推移データは掴めていた。あとはその主要なファクターが何か(複数あるはず)を突き止めれば、ある程度実践的な需要予測モデルができると考えた。

5.打ち手仮説の検証・ブラッシュアップ

幾つか思いつくファクターと実績数値の相関性(統計学でいうcorelation)を片っ端から試してみた。ある程度までの相関性を持っているファクターを組み合わせて需要計測モデルをくみ上げ、各地域での過去の実績数値を当てはめてモデルの有効性を検証することを繰り返した(今なら多分、データサイエンス技術に基づくAIを使ってすぐに適正なファクターと係数を割り出せると思うが、当時はそんな『魔法の杖』は存在していない)。

各ファクターの係数を色々とブラッシュアップするのだが、モデルの有効性の数値はあるところから一向に上がらなくなってしまった。ある地域でかなり上がったと思ったら、他の地域に当てはめると却って下がってしまうといった一進一退を繰り返すようになり、2週間余りが過ぎてしまった。これには参った。

結論からすると、前提として考えていたモデルの構造が不正確だったのだ。我々にも思い込みがあって、量販店に買いに来る人たちの住所範囲をかなり限定して想定していたのだ。

詳細は省くが、「当たればラッキー」程度に考えて想定範囲を思い切って拡大してモデルを組み直したところ、各地域に適用した際の有効性数値が一挙に向上し、十分な実用性があると判断できるレベルに達した。

6.仮説検証後

そうした紆余曲折を経て、この件に関する「打ち手仮説」の構築とその検証は完了した。他の個々の「打ち手仮説」についても具体策の策定と検証を終え、全体の実地試行(一部地域でのトライアル)に移った。

比較的短期間であったが実地試行での検証でも特に問題なく、過剰在庫を生むことなく注文にスムーズに対応することができた。こうした結果を踏まえ、本番へのGOサインが出された。その後の全国での本番展開においても特に問題は生じず、この大きな仕組み転換は無事完了したのである。

以上、「既存事業の問題解決」パターンでの戦略仮説の検証事例をお伝えしたが、ピンと来ていただけただろうか。