JICを巡る愚かな判断

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先日、産業革新投資機構(JIC)の取締役9人が辞任したというニュースが最近世の中を駆け巡りました。

https://www.huffingtonpost.jp/2018/12/10/jic-jinin_a_23613687/

 

経産省からの「高額報酬批判」に端を発した経産省とJIC経営陣の対立がここまで至った訳ですが、このニュースに対し、立場や背景、観点によって感想はまったく違うでしょう。

 

マスメディアの報道姿勢もここまでは(珍しく)抑制的で、世間の高額報酬に対するやっかみへの安易な追随はしていないようです。できればこのまま両者の言い分をフェアに伝えた上で、本当に何が起きており、何が論点になっているかをバランスよく伝えて欲しいものです。

 

私自身の感想としては正直、このボードメンバーが本当に適格であったのか、社外取締役がこんなに必要だったのか、幾つか疑問は残ります。しかしやはり経産省のやり方は「信義違反」であり、「合目的」ではなくて単に政権のご機嫌取りをしているだけに見えます。

 

まず「信義違反」という点。これは色々と報道されている通り、そもそもその「高額報酬」を案として作成・提示して田中社長らに就任を依頼したのが経産省であり、まったくもって弁明の余地がありません。だからこそ嶋田隆事務次官を厳重注意処分に処し、世耕大臣と共に一部給与の自主返納を打ち出しているのでしょう。

 

ただ、論点は報酬額だけではありません。孫ファンドを作って機動的に対処したいJIC経営陣の意向に対し、経産省は当初「自由に運営して構わない」と言っておきながら報酬抑制と一緒に「孫ファンドは困る。事前に経産省の了解を取る形にしてもらわないと」といったふうに、JICの投資の手足を縛る構えに転換したようです。これはまったく180°反対の約束違反です。

 

もっとも、最初からソブリンファンド=政府系ファンドとはそういうものだとも警戒すべきだったと戒める人もいるでしょう。

 

そしてもう一つの「合目的」ではないという点。これはそもそもJICの設立目的が革新的な産業に投資し育成するためだったはずなのに、そしてそのためにVCの専門家が集められたはずなのに、事前に経産省の了解を取るような投資運営ではスピード感がまったく足らず、投資先からは相手にされないでしょう。経産省は未だに産業革新機構の矛盾を反省していないようです。

 

JICの前身の産業革新機構はまさにそうした矛盾の歴史を繰り返した組織でした。当初は新産業育成のために設立されたはずなのに、実際には政治家の意向で苦しくなった産業を救済するために奔走していました。

 

国民の税金を使ってソブリンファンドを運用し、それを増やすことが最優先なのか(その場合、旧式の産業に投資することも可な訳です)、それとも最先端の新産業を育てることが最優先なのか(その場合、投資の平均成功率は著しく低い可能性があります)、いまだに明確にしていません。

 

そしてもう一つ、今回表面化した高額報酬についても同様に「合目的」ではありません。

 

今回の「高額報酬」に関するクレームは菅官房長官から出された模様です。「民間のファンドは運営もさることながら、資金集めに苦労するのが普通。JICの場合には政府が出すのだからその苦労がない。その原資は国民の税金だ。国民感情を考えたら民間のファンドの経営者の報酬より安くて当たり前だ」ということらしいです。

 

一理ありそうですね。でもこれは投票を気にする政党政治家の視点です。国家運営の視点ではありません。

 

投資実績を上げることを優先させるなら、そのための人材を集めるのに報酬が高額だろうと構わないはずです。それ以上に実績を上げてくれたら国庫は潤い、税金で補う分が減り、国民は文句を言いません。もし実績が上がらなかったら最低限の報酬を支払って経営陣をお払い箱にすればいいだけです。

 

世耕大臣と嶋田事務次官は菅長官に対しそう主張し、「もしJICの成績が上がらずに国民に損をさせる事態に陥ったら、JICの経営陣の首をすげ替えると共に、私自身も潔く辞めます」と啖呵を切って当初の約束を守るべきだったのです。それができなかった時点で世耕大臣と嶋田次官はクビに値します。

 

この騒動で、JICの後任経営陣に世界レベルのVC投資家は来ないでしょう。日本のソブリンファンドの未来は、菅・世耕・嶋田の「3S」ダンゴ三兄弟の愚かな判断で閉ざされたのかも知れません。

 

PS  この経産省の「手のひら返し」の裏には財務省の暗躍があったとの情報もあります。元々高額報酬に批判的だった彼らが官邸首脳(菅さんのこと)を動かして経産省に趣旨替えを強要したのではないかという容疑です。さもありなんですが、もしこれが事実なら、愚かなのはダンゴ三兄弟に留まらず、むしろ日本のソブリンファンドの未来を閉ざした黒幕は財務省の幹部(誰かまでは不明ですが)だったということになります。