社会インフラを考える(12)原発を諦め水素社会への投資に切り替えよ

(以下、コラム記事を転載しています)

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国家政策として膨大な資金を投じながら、将来のエネルギー選択肢としては不適格なことが明白になってきた原子力発電。日本という国の将来を見据えれば、その膨大な無駄金を将来のエネルギーである燃料電池と水素発電のための技術開発やインフラ普及に思い切って振り向けることこそが日本再生戦略だ。

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菅首相は昨10月26日、就任後初めての所信表明演説において、「2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出ゼロ)、脱炭素社会の実現を目指す」と述べた。その目標達成に向けて、次世代型太陽電池やカーボンリサイクルなどの次世代技術の実用化に向けた研究開発の促進も宣言した。従来の日本政府の姿勢に比べ思い切った舵を切ってくれたと評価したい。

しかし各電源については、「再生可能エネルギーを最大限導入する」とともに、世界から非難され続けてきた石炭火力については「政策を抜本的に転換する」と宣言した一方で、「安全最優先で原子力政策を進めることで安定的なエネルギー供給を確立する」とも言及した。まだ原子力発電には未練たっぷりのようだ。

では原子力発電の現状はどうなっているのか確認してみよう。

まず全国の原発のうち実際に運転して電気を生んでいるのは、2020年11月24日時点でたったの3基である。廃炉を決定したのが24基もある(一般財団法人日本原子力文化財団「日本の原子力発電所の運転・建設状況」による)。その内訳は未申請が8基、審査中が11基、許可済が7基、稼働済が9基(うち6基は停止中)である(電気事業連合会「国内の原子力発電所の再稼動に向けた対応状況」による)。

「未申請」なのは、旧式で稼働できる期間が短いのに再稼働のためのコストが高過ぎて再稼働のメリットがないか、申請を出しても通りそうもない場所にあるので諦めている状態だろう。「許可」された7基も、地元自治体の了解が得られていないなどで稼働時期は不明である。「稼働済」のうち停止中の6基には、四国電力の伊方原子力発電所3号機のように住民から訴訟を起こされ停止を余儀なくされているものもある(同原発は裁判所に運転差し止めを言い渡されている)。

全体としてかなり悲惨な状況である。これは福島原発事故を受けて、原子力規制委員会が原子力施設の設置や運転等の可否を判断するための新たな規制基準が平成25年7月から施行されたのだが、それが従来基準に比べかなり厳しいものになったことが背景としてある。

要は、福島原発事故以来、住民と自治体が原発を危険視する度合いに応じて安全基準が一挙に高まり、それを乗り越えるための工事費用や安全確保のための諸々のメンテナンスコスト、地元世論対策や裁判費用などの諸コストがどんどん高まっているのだ。結果として「(建設費用は非常に高いが)運転コストが割安なので魅力的」とされた原発は、今や「建設コストは従来以上にべらぼうに高くなった」だけでなく、「メンテナンスコストもつり上がり」、不稼働期間が予想外に長引くために「経済性を計算できない」存在になっているのだ。

欧米で原発を諦める選択に踏み切る電力会社が続出したのは、合理的な経営を余儀なくされている彼らは「まともな神経ではこんな経営リスクの高い発電所を運営できない。こんなに安全対策コストが嵩むのではそもそも経済メリットすらない」と素直に考えたからだ。

ここにさらに「放射性廃棄物の処理・処分」という大きなデメリットが加わる。小泉元首相が言う「トイレのないマンション」論である。

運転に伴って発生する「低レベル放射性廃棄物」は青森県六ヶ所村にある低レベル放射性廃棄物埋設センターで埋設処分される。これも問題だが、まだ小さいほうである。同じ六ヶ所村に建設中の核燃料再処理工場では、原発で発電を終えた核燃料(使用済み燃料)の中にあるプルトニウムを再び原子力発電で再利用することになっている(これが日本の原子力政策の基本である「核燃料サイクル」である)が、実際にはこの再処理工場が稼働したことはなく、ずっとトラブルが続き計画が遅延する一方なのである。

問題の一つは(他にも色々とあるので代表として採り上げる)、この「稼働しない」核燃料再処理工場のコストが倍々ゲームで膨らんでいることだ。当初公表されていたのは建設費だけで約7600億円。ところが建設開始10年後の2003年に電気事業連合会により公表された数字によると、建設費約3兆3700億円、運転・保守費約6兆800億円、工場の解体・廃棄物処理費約2兆2000億円、しめて総費用約11兆円に膨れ上がっている。さらに2020年現在で13兆9400億円と見積額は増加しており(六ヶ所工場の費用を含めたバックエンド費用の総額は約19兆円にも達するとされている)、この調子ではさらに増える見込みという。

これは電力会社だけではとても負担し切れない額なので、確実に国民にツケが回ってくる。既に「核燃料サイクル」政策は破綻しているのである(問題は、どの政治家が蛮勇を振るってこの馬鹿げた政策の旗を降ろすかだけである)。

こういったことをトータルで考えると、原発というのは実は運転コストも全然割安でなく、むしろ割高なのだ(原発のトータルコストについては電力会社がフェアで正確な数字を出したがらないので不明な部分が少なくないが、御用学者でない第三者の専門家が何人も研究成果を発表している。その一つが大島堅一氏の『原発のコスト』である)。

さらに福島第一原発の廃炉で分かるように、原発は廃炉コストも実に高い。NHKのまとめでは、全国各地の原発や原子力関連施設の廃止にかかる費用の総額は少なくとも6兆7205億円に上ると試算されている。1基当たりの平均は577億円となる。造るも地獄、使うも地獄、止めるも地獄、といったところか。

それでも電力会社および政府は原発の再稼働および新設を諦めきれないようだ。それはなぜか。一番大きい理由は「ここまで膨大なカネを長年投じてきたんだぞ。やめてしまったら今までの苦労が水の泡だ」という素朴な感情だ。企業経営でもよくある話で、長年続けてきた赤字事業を止められないまま倒産の危機を迎える、お決まりのパターンだ。しかしこの手の感情論は、公共政策や公器としての企業経営では御法度だ。

経営理論で「Sunk Cost」という概念がある。「ここまでに投じられた費用はすべて一旦忘れなさい。この時点から先の費用対効果が1以上(つまり費用よりリターンのほうが大きい)か否か、それだけが投資や事業継続判断の基準だ」というものだ(正確にはキャッシュフローの正味現在価値で考えるのだが、ややこしくなるのでここでは割愛する)。原発も同じだ。ここまで掛けた手間暇・費用は全部一旦忘れ、ここから先の費用対効果で考えなくてはいけない。そして原発の場合、その費用対効果は他のエネルギー手段に劣ることが明白だ。つまり経済的に不適格なエネルギー手段なのだ。

経済的見地だけでも不適格なのに、万一の災害時には制御不能になってしまう原子力発電所を世界有数の地震国の各地に作りまくってしまったニッポン。こんなバカげた「化け物施設」に膨大な国民のカネをこれ以上つぎ込むことは愚かな所業でしかない。

その無駄金を、将来的に本当に割安でクリーンなエネルギーの開発・普及のために投じるべきだというのが著者の考えである。具体的には燃料電池と水素発電(この2つは別物。詳しくはこちらで)の技術確立と普及である。

水を排出するだけでクリーンな、エネルギー効率の高い燃料電池および水素発電が普及すれば、カーボンニュートラルを実現できるだけでなく、日本全体のエネルギーコストは劇的に下がる。ガソリンなどがほぼ不要になり電力代が大幅に安くなることで光熱費も交通費も激減し、国民は豊かに暮らすことができ、産業競争力も格段に上がる。紛争頻発地の石油や天然ガスに依存する必要がなくなれば世界の地政学的リスクに振り回されることもなくなる。

しかしそのためには相当な技術開発と膨大なインフラ投資(水素ステーション、水素発電所など)が必要になってくる。そのための資金の有力な出処こそが、今は原発に注がれている膨大な「無駄金」である。これを水素社会の実現に向けて投じることこそ「生き金」への大転換であり、日本再生の切り札となる戦略的なエネルギー政策となる。政治家の諸先生方には是非腹を括っていただきたい。