コロナ禍があぶり出した日本の非効率

新型コロナウィルスによる影響にも、若干ながらポジティブな面もあります。それは、我々ニッポンの社会がいかに非効率なやり方に浸っていたかを気づかせてくれたという「反面教師」的なものです。

まず、ニッポンの行政があきれるほど非効率と思い知らされたのが、(国民1人当たり10万円を配る)特別定額給付金や事業者への持続化給付金などの手続きの煩雑さと処理の遅さです。本当に必要な人に急いで現金給付をすべきものなのに、そして諸外国では長くて2~3週間、早ければ1週間足らずでできるのに、主要国で唯一、1ケ月経っても処理できないニッポンの行政。

その情けない事情の主な原因は役所のデジタル度の低さです。申請された書類に対し、住民台帳等の諸データを打ち出した紙を並べて、データベース検索ではなくアナログ的に目検で照合している市町村がほとんどなのです。そりゃあ時間が掛かりますよ。オンライン申請されたものも一旦紙にプリントして見比べるので余計に手間が掛かり、後回しにされているのが実態です(マイナンバー申請も急増して混乱したため、多くの市役所では途中からマイナンバーによるオンライン申請を止めてしまいました)。

国民の情報データベースが不必要に細分化されて連動・一元化できておらず、各市町村でもまったく統一されていない。しかも本人の金融口座情報は一つも登録されておらず、鳴り物入りのマイナンバーとも全く連繋されていない。ないないづくしのまま準備不足でいきなりやろうとした結果、まったく機能しなかったということなのですね。

次に、対人接触をとにかく避ける必要が叫ばれる中、幾つもの側面でオンライン化されたことで、逆に「よく今まで、こんな無駄で高コストな対面を平気で繰り返していたよな」という状況があぶり出されました。

その一つがオンライン医療の検討の遅れです。継続診療で薬をもらうためにちょっと医者と話をするだけのために感染リスクを犯してまで病院に行きたくない、という人はやはり多いですよね。初診までオンラインにするのは非常事態の今だけの例外措置とすべきですが、離島などではすでに実用化されているオンライン診療を、もっと適用範囲を広げることで患者・医師双方の負担を減らすことができはずです。

同様に、今回のコロナ感染陽性者への対処として無症状・軽症感染者のうち自宅療養を選ばざるを得なかった人向けに、医師が日に何度かオンラインで問診し様子を観察するというやり方があり得たはずです(ドイツなどで実施)。それを日本では無闇に忙しい保健所の職員で資格を持つ人たちが毎日2度ほど聞き取り調査をやっていますが、これが要領を得ず時間がかかるため、保健所職員の業務ひっ迫と疲弊をさらに募らせる結果になっています。

コロナ禍で患者が来なくなり(かといってコロナ患者は受け入れずに)暇になった地域の開業医や勤務医は各地に一杯おり、彼らのうち知識がある医師に任せるべきです(これは第二波に向け今からでも可能です)。

同様に、オンライン教育の遅れも目立ちました。大学はなんとか専門家の力も借りてオンライン講義に切り替えたところが途中から増えたのですが、高校以下ではオンライン授業に切り替えることができた学校は非常に限られており、ほとんどが家庭任せになってしまいました。先進国の中ではこれほど「お手上げ」状態な国は珍しいのではないでしょうか。

国際水準に比べてのオンライン化やデジタル化の遅れは、生産性向上を信奉するはずの企業社会でも目立っています。テレビ会議への取り組みの遅れはその最たるものです。海外企業や海外スタッフとのミーティング以外にSkypeやZoomを日常的に使うのは、我々コンサルタントと調査会社の連中、それに投資銀行くらいだったのではないですか。
設備的に整っていた大手企業でさえ、テレビ会議は移動のためにスケジュール的に調整ができない「最後の手段」扱いでした。実際にはちょっとした確認や打ち合わせは、わざわざ集まるまでもなくWeb会議で十分事足りることを、皆さん今、実感しているのではないでしょうか。挨拶訪問、無駄な出張も同じ根っこです。

ましてや中小企業では、コロナ対策としてZoomミーティングを呼びかけても、「担当者の自宅に十分な光通信設備がなく、担当者の携帯のテザリングで対処します」などと言われる始末です。あまりに生産性への意識欠如です。大企業が「いちいち物理的に集まらずにウェブ会議にて短く打ち合わせしましょう」と持ち掛ければ、下請けの中小企業は助かりますし、大企業側も会議室予約・調整の手間が省けます。

もう一つ、日本での企業活動を縛っていた悪弊が「ハンコ文化」です。わが社でもそうですが、逸早くリモートワークに切り替え、顧客への訪問もオンラインに切り替えながらも、ボトルネックになっているのが見積~受発注~完了報告~請求の流れでの処理および経費処理に要る書類と、そこに捺印する社判・社印というハンコの存在です。実にバカくさいのですが、最終的にどうしても物理的に出社もしくは物理的な書類の郵送手続きなどしなくてはいけないのです。

これらは本質的には役所、特に税務署および税理士業界が自分たちの食い扶持を確保するために日本企業の生産性を低めている所業のせいです。今回のコロナ禍でこうしたバカげた問題に気づけただけ、ましとしましょう。

こうした見掛け倒しで融通の利かない「ハンコ文化」が残っているのは日中韓の東アジア文化圏くらいのようですが、民間企業はそもそも役所の慣習に倣っているだけです。遠くない将来、「ハンコでなくて本人・代表者の署名でよい」と役所が宣言すれば、すぐに大企業も倣って「電子署名でOK」と切り替え、同じ書式を使わされていただけの中小企業も遠からずハンコによる証明に意味がないことに気づくでしょう(現実的に、騙される人たちは、ハンコの偽造でも署名の偽造でも電子署名でも同じように騙されます)。

ここまで幾つかニッポン社会の非効率なやり方をあげつらって来ましたが、最も日本の生産性を引き下げるのに直接的に「貢献」しているものの一つが通勤時間の長さと渋滞の多さです。これはとりわけ経済の中心地である首都圏で酷いものです。

多くの市民が限られた地域に無駄に集中して住むことで、貧弱な生活空間を我慢し、大いなるストレスを感じながら長時間通期し、ラッシュアワー時の満員電車で体力をそぎ落としてぼんやりとした頭脳で仕事を始め、移動や物の輸送では渋滞のために時間が読めないまま膨大なロス時間を我慢しています(インフラの貧弱な途上国並みといえます)。これはアフター・コロナで最も変わってしかるべき面ですね。

こうした様々な側面にこびりついた非効率性を長時間労働でカバーしようとするため、ただでさえ限られたリフレッシュや自主的な勉強の時間が失せ果て、改善の工夫を考え出す余裕も斬新なアイディアを思いつき膨らませる余裕もなくなる。この悪循環こそ我が国の生産性の低さの主要因の一つだと(もう一つはリスク回避を優先してなるべく挑戦しないことだと)、私は思っています。

だからこそ、気づいた時点で少しでも改善・解消することで人には余裕が生まれ、態勢を立て直し、前進することができます。上記に挙げたニッポンの非効率性を温存してきたやり方に断固として抗う勇気を発揮する人間だけが、未来への挑戦権を持ち得るのだと私は思います。