食べる楽しみを失わせない

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仕事でお付き合いしている方や先輩・同輩諸君の最近の話題の一つが「親の介護」だ。けがや病気で入院したことをきっかけに体力が弱り、自力で食べられなくなり、ひいては寝たきり介護のプロセスに入ってしまうケースが多い。

入院5月31日(火)に再放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」はそんな世代にとって必見だった。タイトルは「食べる喜びを、あきらめない」。「摂食えん下障害」を抱える人たちの食べる力を回復させるエキスパート、看護師・小山珠美さんをフィーチャしたものだった。

これまで小山さんが担当した患者およそ二千人のうち9割が再び食べることができるようになったとのこと。食べることを通じて見違えるように元気になっていくのだ。

往々にして医師の中には「治療」の実施と成功にしか関心がなく、病院経営者には患者を「稼ぐ手段」としか考えていない輩が少なくない。「誤えん性肺炎のリスクが避けられる」と、安易に「胃ろう」を施したがる。その結果、患者は寝たきりになりやすく、人生の質が急低下するにも拘らず。

口からの食事は、視覚・嗅覚・味覚を刺激し、脳の働きを活性化する。また、唾液の分泌が促されると、そこに含まれる酵素や抗体が感染症予防や免疫力向上の働きをする。そして何より、食べることは生きる喜びへとつながっていく。だからこそ小山さんは、口から食べることにこだわっているのだ。

摂食えん下障害を抱える人たちが口から食べるとき、とくに気をつけなければならないのは誤えんだ。食べものが気管を通じて肺に入り込むと、それが命取りになることさえある。
小山は積み上げてきた技術と持ち前の観察眼を駆使して、無理なく安全に食べさせていく。この技術がすごい。

まず大切なのは、アゴが上がりすぎないようにすること。アゴが上がると喉頭と気管が一直線になり、誤えんのリスクが高まる。小山は、肘を固定して姿勢をまっすぐに保つようにする。そして一口ごとに声をかけて、食べ物を意識させながら食事介助を行う。食べるときの背中の角度にも気をつかう。最初は30度からはじめて、飲み込む力の回復に応じて立ち上げていく。

さらに食事介助をするときの立ち位置も重要だ。たとえば脳卒中で体の左側にまひがある患者の場合。最初のうちは「左側半側空間無視(体の左側への意識が向きにくくなる)」の症状改善をめざして、患者の左側に立ち左手で食事介助をする。そして本人の右手の機能を引き出す段階に入ると、患者の右側に立ち、手を包み込むようにアシストしながらスプーンを口へと運ぶ。このため、左右どちらの手でも無理なく食事介助ができるようにしておくことが必須となる。

こうしたきめ細かな食事介助を通じて、患者たちは食べる力を取り戻していく。「自分だったらどうしてほしいか、自分と患者さんを置き換えたその先に技術が磨かれていく」と小山さんはいう。こんなエキスパートがいれば「胃ろう」を安易に選ぶ必要がなくなり、多くの患者が人生の楽しみを失わずに済むと思う。