日本の科学者たちが追い詰める、再発・転移の元凶「がん幹細胞」

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小生が結構好きなテレビ番組はNHKの「サイエンスZERO」。ナビゲーター役の女優・南沢奈央も気に入っている。ここ2回連続(こういうのは珍しい)は「シリーズ がん幹細胞」で、(1)「がん再発の謎が解けた!新発見『がん幹細胞』」(9月8日放送)、(2)「がん根絶も夢じゃない! がん幹細胞 最新攻略法」(9月15日放送)だった。

治ったはずのがんが再発・転移するのはなぜか?長年の謎がついに解明された。隠れた元凶、「がん幹細胞」の存在がごく最近発見されたのだ。このがん幹細胞、厄介なことに抗がん剤も放射線も効かない。シリーズ第1回ではまず、“血液のがん”=白血病を例に、がん幹細胞の驚くべき「生存戦略」を徹底解剖した。

がん幹細胞自体はあまり頻繁に細胞分裂をせずに(白血病の場合)骨の際にじっと潜み、数カ月に一度程度、がん幹細胞とがん細胞に分裂する。一方、がん幹細胞から分裂した普通のがん細胞は、骨髄のど真ん中で、どんどん細胞分裂し増殖する(ただし老化しやすく、細胞分裂の回数には限界がある)。そのため従来はがん細胞ばかり注目され、その退治に科学者たちは躍起になってきた。しかし、一旦がん細胞が死滅したあとでも、がん幹細胞はしぶとく生き残る。やがてがん細胞を分裂し、それがどんどん増殖する。これが再発・転移のメカニズムだ。

抗がん剤は活発に細胞分裂するがん細胞の性質を利用し、いわば回転しようとする歯車に強引に輪留めをしてしまうことで、がん細胞にストレスを生じさせて殺す方式である。ところががん幹細胞は普段は眠っているような状態なので、強引に輪留めをしてもがん幹細胞はストレスを感じない。まさに細胞分裂をしようというタイミングでないと効かないのである。そのタイミングが分からないまま、ずっと抗がん剤を投与することは、副作用のマイナスが大きく現実的でない。

九州大学生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授たちは、「がん幹細胞を覚醒させることがタンパク質化合物の働きで可能であり、覚醒のタイミングに合わせて抗がん剤を投与することによってがん幹細胞を死滅させることができる」という仮説を証明した。さらに理化学研究所の総合ゲノミクス研究グループ(石川文彦リーダー)は、正常な造血幹細胞と、そっくりな白血病のがん幹細胞を仔細に比較し、その遺伝子レベルでの違いを調べ上げたところ、25種類のたんぱく質が後者に特有なことが判明した。その中でもキナーゼと呼ばれる、HCKというたんぱく質はがん幹細胞の生存に必須であり、この働きを止めることができれば、がん幹細胞を死滅させることができることが分かった。そしてそのための化合物、RK-20449が突きとめられたのである。

白血病以外にも胃がんや乳がん、大腸がんなどからもがん幹細胞が発見されつつあり、正常な幹細胞との違いを見極めることで、がん幹細胞だけを死滅させる化合物を発見するというアプローチが有効と期待されている。シリーズ第2回でも、がん幹細胞の特徴と弱点を追求する日本人科学者の執念を追った。

がん幹細胞は表面に特殊なたんぱく質を持っていることが分かっている。がんの種類を特定できる目印ゆえ、「がん幹細胞マーカー」と呼ばれている。代表的なものがCD44である。このたんぱく質の働きは最近まで分からなかったが、がん細胞をも老化させる「毒」である活性酸素を除去するメカニズムに貢献していることが、遺伝子技術でようやく判明したのである。見つけたのは慶応義塾大学先端医科学研究所の佐谷秀行教授。シスチンを取り込むポンプ「xCT」を安定化させる役目をCD44が果たしており、取り込まれたシスチンは抗酸化物質・グルタチオンに変わり、活性酸素を壊してくれる、というメカニズムである。つまりがん幹細胞の老化を防いで長生きさせているのである。

CD44には数種類あり、長いものがポンプ「xCT」を安定化する元凶であり、抗がん剤が効かず、しかも転移しやすいという最悪の性格を持つ。そこでポンプである「xCT」を止めることはできないか、となる。それが既存の薬、スルファサラジンで可能だということを、やはり佐谷秀行教授たちが世界の論文を洗い出して見つけたのである。CD44を持つがん、具体的には胃がん、大腸がん、乳がんに対しては特効薬が見つかったのである。朗報だ。

次、「がん幹細胞の機能が分かっていない場合でも、がん幹細胞をやっつけることはできないのか?」に対する答がある。例えば脳腫瘍のがん幹細胞が厄介なのだが、ヘルペスウイルスを適用し、根こそぎやっつけるというアプローチである。この開発者は東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授である。

ヘルペスウイルスを遺伝子操作し、正常細胞では一切増えず、がん細胞だけで増える「がん治療用のウイルス」というものを作るのだ。3つのたんぱく質をヘルペスウイルスから奪うことで、正常細胞で悪さをしないよう、そしてがん幹細胞が攻撃されるようにしている。一つ目は、ウイルスに感染したときに働く自滅スイッチをオフにしてしまう「ガンマ34.5」。二つ目は、ヘルペスウイルスの餌「ICP6」。三つ目は、「がん幹細胞マーカー」を隠す役目の「アルファ47」。

悪者を使って悪玉を殺す、「毒には毒を」というのは、実に画期的な発想である。がん幹細胞の存在を突き止め、その特徴を調べ上げ、弱点を見つけ出す。ターゲットが決まると強い、日本の科学者たちのあくなき追求の手によってがんを退治する日も近いのではないか。近しい友人を3人も失っている小生としては、是非仇を討って欲しい。