新規事業における素朴な疑問(1)“万能”手法の信奉

ビジネスモデル

新規事業に関するアプローチには幾つかあり、企業の置かれた経営環境次第で適切なものは異なるし、その中で適用すべき手法も一律ではない。それなのに流行の経営手法が万能のように効くと思うのはなぜ?

弊社がお手伝いする経営コンサルティングのテーマで今一番多いのは新規事業です。独自技術などの適用領域から考えるような新規事業の「開発」のケースから、既に数年前から始めてはいるけれど期待通りに伸びないので方向性・やり方を「見直し」たいというケースまで、色々な背景事情があります。小生個人としては20数年にわたってそうしたお手伝いをしていますが、今までどうしていたのかをお聞きすると、素朴な疑問を抱くことが少なくありません。その主なものをシリーズ的に取り上げたいと思います。今回はその1回目です。

大半の企業が新規事業に取り組んでいますが、経営者の方々のある行動が大きな問題を生むことが往々にしてあります。それは流行の手法を自社に盲目的に適用しようとすることです。

世の中で注目されている「○○戦略」とか「XX理論」とかいうのを書店やウェブで見つけ、経営セミナーで専門家の話を聞くと、なんだか自社でもすごく効果がありそうに思えてくるようです(当然ながら「専門家」たちはそう思ってもらうように語るのですが)。これは実は新規事業に限る話ではなく、業務改革や管理統制など他の経営イシューでも同様の傾向があると思えます。

関心の強い経営イシューにおいて専門家である経営コンサルタントや大学の教授などに相談をすることは正しいはずですが、彼らにぶつける質問の仕方に問題があるようです。いきなり「この手法はどうやったら我が社にうまく適用できるだろう」といった、適用することを前提とした尋ね方になってしまうのです。当然ながら答える側もその前提に乗って、しかも質問者の興味を逸らさないように答えます。

でも本当はまず、「我が社の状況において新規事業は本当に必要なのだろうか、もしそうならどういった位置づけの新規事業が望ましいのだろう」という自問があり、その上で「ではどういった考え方で新規事業開発に取り組めばよいのだろう」というアプローチに関する問いが続くべきです。その上で、自社のおかれている経営状況とそのアプローチの考え方に当該の手法がぴったり合うのであれば、初めて「その手法をどうやって適用すべきか」という話につながるはずですね。もしどうも合わないのであれば、「この手法を適用することはお薦めできません」というアドバイスがあるべきですが、必ずしもそうはならないようです。

身近な例で考えてみましょう。ダイエットしたい人は世に多いですが、その時に流行しているエクササイズや運動マシーン、サプリメントに飛びついて買ってしまい、長続きせずにお金の無駄使いを繰り返す人が少なくありません。本来ならまず医師に相談して、自分の体質や生活パターンに合ったやり方を検討すべきところですが、テレビショッピング番組を観ているうちにその気になってしまい、衝動買いしてしまうのですね。

企業経営でも同様に、世間で評判になっている経営手法に経営者が飛びついてしまいがちなのです。いわば“万能”手法にでもめぐり遭ったかのようです。でも、その企業・事業部門の背景・状況が異なるにも拘わらず一律のアプローチおよび手法で取り組もうとすると、まったく事業体としてのフィット感がないまま、貴重な経営資源を注いで関係者が懸命に努力しながらも、成果に結び付かない事態になりかねません。

例えば、本来なら事業部門のサイズに合った小振りの一連の事業群を続けざまに創出すべきところを、身の丈に合わない大型事業を一発創出しようと躍起になった揚句、競争相手にことごとく先を越されてしまう、といった事態を招くリスクが高まります。無理なダイエットが長続きしないばかりか、リバウンドによって却って肥満が悪化するようなものです。

実は新規事業の開発アプローチ(取り組みの考え方)というものは主なものだけで幾つかあります。例えば弊社では3つの類型に整理しています。

一番オーソドックスなのは「競争戦略」アプローチで、既存の市場・産業の枠組みの中でどう勝ち残っていくかを考えるものです。主に市場が確立している場合に適用します。次は「新カテゴリー創出」アプローチで、ビジネスの枠組みは既存のものを前提としながらも、ユーザーは今とまったく異なるカテゴリーを本当は欲しがっているのではないかということを考えるものです。これは主に市場が成熟している場合などに適用します。最後は「ビジネスモデル改革」アプローチで、(商品カテゴリーは既存のものであっても構わないが)ビジネスの仕組みそのものを変えてしまえないかと考えるものです。これは、市場が立ち上がる前後や市場が成熟し切っている場合に主に適用します。

この順にリスクも段々高くなるので、当該の企業および事業部門の置かれた経営環境や競争環境、人材資源なども考慮して、どのアプローチが最適かを推奨します。その最適アプローチに沿って、(時間・コスト・人的資源など)与えられた条件下で最も成果を出せると考えられる具体的な手法を選別し組み合わせて、当該の新規事業推進のプロジェクトを設計します。

なぜこんなに個別の対応をする必要があるのか。それは新規事業の開発は戦略開発でもあり、そこでは手法が答を自動的に導き出してくれるものではないからです。答はあくまで市場および企業内にあり、アプローチや手法は企業関係者が自社にとって適切な「問い」と「答」を導き出すための方法論に過ぎません。したがって千差万別の背景・状況にある企業ごとに最適のアプローチは異なり、それぞれのアプローチに応じて適用すべき戦略手法や分析手法は一律絶対ではないのです。

それらの適切な選別、推奨、設計をお手伝いするのが本来の専門家の役目のはずですが、実際に多いのは特定の手法に関する「専門家」と称する人たちです。この人たち(の一部?)に言わせると、彼らお薦めの手法は万能のようです。いずれの企業でも最善の新規事業を生み出すことができ、あーら不思議、企業業績は一挙に改善するというのです。本当にそんなことがあるでしょうか。どこかで見かけた「あなたも1ケ月でこんなに痩せられます!」という宣伝文句を思い起こしませんか?