大塚親子は誰と、そして何を闘っているのか

ビジネスモデル

大塚家具を舞台にした「第一幕」、そして別々の会社として競う「第二幕」。いずれにおいても世間に溢れる「親子喧嘩」や「事業承継の失敗」といった見方は皮相に過ぎる。今や完全に別路線を歩もうとしている2人の経営者が率いる別々の「大塚」は、実は競合すらしていない。

2015年の春に起きた大塚家具の経営権を巡る委任状争奪戦で、長女の久美子社長に敗れた創業者の大塚勝久氏。世間の注目を集めたこの「第一幕」の騒動には後日談があり、勝久氏は長女の久美子社長が役員を務める資産管理会社に対し15億円分の社債の償還を求めた訴訟に全面勝訴しており、それと平行して保有する大塚家具株式の多くを巧みに市場で売却していた。

勝久氏はこれらで得られた資金を投じて「匠(たくみ)大塚」という新会社を立ち上げた。今年の4月に東京・日本橋にプロ客向けの「デザインオフィス」を開設したのに続き、6月には大塚家具創業の地・春日部に大型店をオープンした。数百メートルの距離に久美子社長が率いる大塚家具の店舗があるため、創業の地で親子が再び火花を散らすことがちょっとした評判を呼んだ。

この大塚親子の闘いの第二幕を面白おかしく「親子喧嘩再び」と囃し立てるネット上のコメントや記事が目立ったのは、ある意味当然だ。一連の関係者の動向をきちんと分析することもなく、その場その場で世間受けする表現を狙っているだけなのだから。

しかし大手のビジネス雑誌で「やはり事業承継というものは難しい」といったトーンの記事が散見されたのに対しては、小生は大いに違和感を覚えた。この一連の騒動をやはり「親子の争い」と捉え、創業者の果敢な闘争心をむしろ「成功体験から逃れられない」ために「まだ子供には任せられない」という創業者特有の心理のせいだと指摘していたからだ。

はっきり申し上げて、その捉え方は間違っていると思う。確かに、世の中の事業承継がスムーズに進まない大きな要因の一つは、指摘されるような創業者の心理である可能性は高いと思う。

しかしこの固有のケース、「久美子氏vs勝久氏」もしくは「大塚家具vs匠大塚」に関していえば、2人の経営者の戦略方針の違いが第一幕で経営権争いを生み、今は別の会社として業績を競う状況になっているのであって、たまたまその経営者が親子関係にあるのだ、と捉えるべきだと小生は考える。

この小生の見方は「第一幕」の時から変わらない。

http://www.insightnow.jp/article/8371 大塚家具の新戦略は理に適っているのか

ではその戦略方針の違いとは何か。詳しくは上記のURLで以前の記事を参照願いたいが、簡単に言ってしまうと、久美子氏の「一般大衆路線」 (決して「低価格品路線」ではない) vs 勝久氏の「高級路線」という構図だ。巨大店舗を交通至便の地に構えるという業態に惑わされて、両者を似たようなビジネスモデルだと勘違いしてはいけない。全く違うものなのだ。

勝久氏はその高級路線を「匠大塚」で遺憾なく発揮しようとしている。いや、大塚家具の時より思い切って研ぎ澄まそうとしているようだ。

同社の春日部本店はフロア面積約二万七千平方メートルと国内最大級で、大塚家具の新宿や横浜のショールームより遥かにゆったりしている(小生は有明本社ショールームには行ったことがないので不明だが)。

意外だが、勝久氏時代の大塚家具で実施されていた受付での記帳はなくなっている。とはいえ、大塚家具が得意としていた、来店客への接客と説明の丁寧さはやっぱり重視されているようだ(販売員の大半は大塚家具出身で、勝久氏の指導下にあった人たちらしい)。

海外製・国内製とも高級家具ばかりで、近所の人が気軽に買う値段ではない。だが、大量生産の普及品に飽き足らない、高級家具の現物を比べたい客は関東一円からやって来るだろう。

とはいえ、この春日部本店は単なる高級品ショールームに過ぎないと小生は考えている。本当の富裕層向けビジネスの仕掛けはどうやら日本橋のデザインオフィスにありそうだ。

自宅のインテリアに徹底的にこだわる真の富裕層なら、出来合いの家具を個別に買うのではなく、プロの建築設計士やインテリア・コーディネーターと相談して自分の理想の室内全体をデザインし、それにマッチした家具を発注したくなるだろう。その際にプロが現物を確認し相談・発注する先となろうとしているのが、匠大塚の日本橋デザインオフィスなのだ。

こうした高級路線を進める匠大塚に対し、「気軽に入れる店づくり」を標榜して勝久氏の路線から決別した久美子氏の率いる、大塚家具の現状はどうなのか。騒動の「第一幕」直後の「お詫びセール」では一時的に売り上げを増やしたようだが、今年に入って毎月の売上高は前年割れが続いているようだ。この6月には2016年12月期の業績見通しを下方修正し、単独最終損益が16億円の赤字になりそうだと発表した。

前年末に「売りつくし」セールを実施した反動も出たという要素もあろうが、来店客数の割に売り上げが伸びない、つまり客単価が低迷している成約率が下がっているうえに、まとめ買いに強いと云われた有明本社ショールームの売上が落ち込んでいるという状況にあるらしい。

この業績の落ち込みを見て、手のひらを反すように久美子氏の経営手腕に疑問を投げかけるマスコミ論調も目につくが、何を見ているのかと思う。むしろ巧妙な広報・広告宣伝手法で騒動に伴う客離れを回避し、新たな客寄せに成功し、本来なら大幅に生じるはずの落ち込みを少なくしたと評価すべきなのだ。

小生も先の記事で指摘したように、これほど大胆な方針転換をすれば元々持つ自らの強みを十分生かせず、しかもすぐには社員がついてこれず、混乱が生じるのは理の当然だ。しかも当面の競争相手は(本来はバッティングしないはずの)低価格路線で名を馳せるイケアであり、ニトリなのだ。当面の苦戦は必然的な生みの苦しみであり、久美子氏には実は想定内のはずだ。

販売員が「新しい接客法に慣れていない」ため、戸惑っているという現実は大塚家具自身が認めている。ぴったりと客に寄り添う従来の接客スタイルから、まずは自由に見てもらうためにタイミングを見て客に声を掛けるというのは(ファッション店等では当たり前といえど)意外と難しいものだ。冷やかしだけの客と、本当に買う気で品定めしている客の見極めも必要だ。

それに久美子氏の方針転換に反発して勝久氏の下に走った、己の販売スキルに自信がある優秀な販売員が抜けた影響も小さくないはずだ。大塚家具の広報アナウンスでは決して触れられない側面だが、久美子氏には痛手だったろうし、勝久氏には「してやったり」だろう。

こう考えると、この2人の経営者は、確かに骨肉の争いの恰好ではあるが、互いの戦略方針の正しさを証明するため、そして己のプライドを賭けて闘っているのである。そして冷静に言ってしまえば、大塚家具と匠大塚の2社は全く違う客層を相手にしようとしているゆえ、もはや「競合」でも何でもないのだ。

【追記】(2016年7月19日)
売上低迷の原因のひとつを「客単価が低迷している」としたことは情報不足に基づく当方の誤解でしたので、記事における当該部分を修正しております。大塚家具の広報室によりますと、「客単価は2015年比、2014年比でみても微減程度」「業績不振の要因(内的要因)としては、新たな顧客対応オペ レーションに順応しきれておらず成約件数が落ち込んでいること」だそうです。

また、記事中の「一般大衆路線」が「大塚家具は低価格品重視にシフトした」という意味に取られるとしたら、それは誤解です。その誤解を避けるため、本文の「一般大衆路線」のあとに(決して「低価格品路線」ではない)と挿入しました。

小生の理解では、大塚家具では高価格帯から中価格帯にかけてのゾーン、つまりIKEAやニトリといった低価格帯中心の店に比べたら相当上の価格帯を中核とされています。それに大塚家具の強みは昔も今も接客による説明力・相談力です。各商品の違いを丁寧に説明し、納得して家具という高額の商品を買い上げてもらえる力です。決してセルフサービスで商品を買い物かごに入れてもらおうとするやり方ではありません。

記事で指摘している久美子社長の「一般大衆路線」とは、勝久氏が進めた「高級品を求める富裕客を中心にした比較的狭いゾーンをターゲティングした路線」から離れ、(高級品を求める富裕客だけでなく)中価格帯が訴求するはずのミドル層の消費者に対し、「ウチは高額品だけではなくリーズナブルな価格帯の品も豊富にありますよ。お気軽に立ち寄ってください」とアピールする路線に切り替えるものです。つまり久美子社長の戦略は、顧客ウィングを下方すなわちミドル層にまで広げようとするものです(決して富裕客を捨てようとするものではないことに注目!)。この戦略の方向性を重視し、そして匠大塚の狙う「富裕層へのフォーカス路線」との対比のため、小生は記事中で「一般大衆路線」と呼んでおります。

あえて繰り返しますが、大塚家具がIKEAやニトリといった低価格帯中心のセルフ店になったとも、なろうとしているとも、小生は考えておりません。

なお、大塚家具の広報室からは「取扱いの価格帯では、匠大塚さんと当社とほぼ同じです。…同規模の有明をご覧いただくと高額品の品揃えにおいても有明が豊富なことがご理解いただけます」というコメントをいただいております。

また同室からは「どなた様でも比較的気軽にご自身の判断で購入できる低価格チェーンとは異なり、やはり商品の価値や造りの違いのご説明、プロとしてのソフト提案力は必要不可欠となりますので、対面販売・接客重視であることは両社変わりません」とのコメントもいただいております。全くその通りだと思います。