善悪二元論で語れない“無届け介護ハウス”の現実

社会制度、インフラ、社会ライフ

国の想定をはるかに上回る速度で、介護が必要な高齢者が増え続ける中、20年前に設計された介護制度には様々なほころびが生じている。介護施設の絶対的不足というのがその最たるものだ。しかしポイントは「施設」という入れ物ではなく、そこで働く人手が不足しているという事実である。

2015年12月6日(日)に放送されていたNHKスペシャル「調査報告 介護危機 急増“無届け介護ハウス”」が録画されていたものを観た。何とも深刻な事態であることが改めて明らかになったが、救いは、番組制作者が単純に「“無届け介護ハウス”は悪い施設だ」と断罪する態度ではなかったことだ。そんな簡単な話ではないのだ。

番組は、法律で定められた行政への届け出を行っていない“無届け介護ハウス”が、全国で急速に拡大している実態を伝えてくれた。背景にあるのが、正規の老人ホームに入れず、家族による介護も受けられない高齢者の急増だ。

比較的収入が少なくても入所できる「特別養護老人ホーム」(=特養)は、52万人が入所待ちと元々「狭き門」である上、今春には新規の入所条件が要介護3以上に限定され、入所はさらに難しくなった(かといって既存入居者のうち要介護度2以下の人を追い出すわけにもいかないのが実態だ)。

一方、病院は患者の7割以上を“在宅”に帰さなければ、診療報酬が加算されないため、次々と高齢者を退院させる。社会保障費を抑制しようと「在宅介護」を推し進めようとする国の政策が、皮肉にも、行き場のない高齢者を急増させ、 本来国が認めていない“無届介護ハウス”へと高齢者をいざなう事態となっているのだ。つまり国の「無策」がこうした事態を招いていることを浮かび上がらせているのだ。

“無届介護ハウス”で暮らす高齢者は、入居待ちや利用料の問題で正規の施設には入れなかった人ばかり。もし法律に従って届け出がされると、個室になって(人手が余計に掛かるため)利用料が上がってしまい、行き場を失ってしまう。

そして年金を10万円以上もらう人にとっても、無届けの施設は最後のセーフティーネットになっている。年金を25万円ほど受け取る元国家公務員の夫とその妻が例に登場していたが、夫が病気で倒れてしかも痴ほう症になってしまい、入院・手術料などでその年金でも全然足らなくなってしまっていた。

取材者は「次第に、悪いのは、高齢者の受け皿を確保できない介護保険制度の方ではないかと感じるようになりました」と語っている。それが真実なのだ。

しかし一方で、行政の目が行き届かないため、虐待が放置されていたり、介護報酬が過剰に請求されたりする悪質なケースもかなりある。それもまた、無届け介護ハウスの一断面だ。

結局、“無届け介護ハウス”は良い施設なのか、悪い施設なのか。「一年かけて取材したが、私にはどちらとも言い切れません」と取材者は語る。「だからこそ番組では、無届け介護ハウスの良い面も悪い面も、丹念に取材する道を選びました」「現実はとても複雑で、善悪二元論だけで片付けられないということを、今回の番組を通じて痛感させられました」、と。実に正直な感想だ。

無届け介護ハウスが映し出す今の現実を映した、よいドキュメンタリー番組だったと思う。