三菱自工の益子会長は素晴らしい決断をした

ビジネスモデル

三菱自工の燃費データの不正計測・公表問題をきっかけに、あれよあれよという間に日産が三菱自工へ第三者出資することで傘下に収めることになった。この経緯についてはいくつか漏れ聞こえており、記事などではさすがのゴーン社長の粘り強い意志と調査、そしてしたたかな戦略性が高く評価されている。

それはその通りだ。こんなに短期間、しかもどう落着するか分からない時点で多額の出資を決断できるのは、三菱自工と軽自動車に関し協業を開始して以来何度も、同社を傘下に入れるシミュレーションを繰り返してきたからに他ならない。唯一の障害だった投資対効果の値ROIがこの騒動で三菱自工の株価が半減したことで、一挙にリーズナブルな範囲に収まったからに違いない。救いの手の電話はゴーン社長から三菱自工の益子会長に架けられたという。

ではその電話を受け取った益子会長はどう考え、なぜ日産傘下入りを短期間で決断したのか。世間はゴーン社長の戦略性ばかりをもてはやす(その面には全く異論はない)が、小生は益子会長の決断力にも敬意を惜しまない(自社の「嘘つき体質」を変革できなかった罪は消えないが)。

今回の燃費不正問題が表面化してから三菱自工の販売実績はほぼ半減しているという。しかもその後不正測定対象が、日産との提携対象のeKワゴンばかりでなく、主力のSUVであるアウトランダーなどにも広がっている(燃費データそのものの不正ではなく、測定方法を机上で行ったというものである)。三菱自工の販売は今後数か月でさらに下降する可能性が高い。

多分、益子会長は、今回が3度目の不正だということを冷静に勘案し、こうした世間からの厳しい反応を予想しただろう。彼は三菱商事出身なので、三菱自工しか知らない社員より客観的なモノの見方ができる人のはずだ。また、社内調査の過程でいくつか社員の怪しい行動に関する情報も掴んだかも知れない。「騒動は拡がる」と考えたはずだ。

しかも自社よりも実際に対象の軽自動車を売ってくれていたのは提携相手の日産だった。その日産が今回の不祥事でどう動くか。へたをすると三菱自工との提携を解消したいと云って来るかも知れないと、益子会長は覚悟していたのではないか。

また一方で、前回のように三菱グループに全面的に支えてもらえない事態であることも冷静に判断していたはずだ。三菱重工は客船の造船事業が火災等による大幅な納期遅れで大幅な赤字であり、しかもMRJや衛星、そして何よりIoT関連での投資がかさんでおり、とても三菱自工のことなど気に掛けていられない。

益子会長の出身母体である三菱商事は、傾注してきた資源ビジネスの暗転により上場以来初の赤字を計上したばかりだ。エリート意識の高い社員にまともなボーナスも出せない状況なのに、グループ会社とはいえ放蕩野郎に過ぎない三菱自工を救済するような動きを見せたら、ちょっとした社内反乱さえ起きかねない。こうした事情は益子会長にはまるで自社のことのように筒抜けだったはずだ。

では残る御三家の一つ、三菱東京UFJ銀行が救いの手を差し伸べるシナリオがあったろうか。この銀行は国内メガバンクの勝ち組である。確かにマイナス金利により収益性が少し減っていること、国債投資からの収益が頭打ち気味であることは事実であるが、それでも近年の収益レベルには凄まじいものがある。同行にカネは余っている。

しかし三菱グループの中の単独の製造会社に対し、突出した支援を行うような筋合いもなければ、そんな浪花節もまったくないのがこの金融機関である(けなしているわけでも褒めているわけでもない)。三菱グループ全体にとって三菱自工という存在は、救済するほどの価値すらないと考えていた節すらある。

三菱電機や三菱化学など、三菱グループには優良企業かつ業績好調会社が少なくないが、彼らにとっても三菱自工を支援する義理はどこをどう突いても出てこない。

こうした三菱グループ内での孤立無援状況を益子会長は冷静に把握・判断していたに違いない。自社の販売網を通じての販売は急減していた。そしてへたをして日産から提携を切られたら、もう三菱自工には「倒産」「身売り」という道筋しかなかっただろう。最悪の事態を着実に逃れるための選択肢は日産の傘下入りしかなかったのではないか。

そこでへたにゴネて条件闘争に入り時間を浪費することで、自社の窮状を拡大・表面化させる(その結果、自社内は混乱し、販売店は戸惑い怒り、取引先は路頭に迷う)代わりに、益子会長が合理的判断に基づいて選んだのが電光石火の日産傘下入りだったと小生は考える。

もしかすると益子会長も自社の長期的なsustainabilityを考え、ゴーン社長と同様、過去に何度もこうしたシミュレーションをしていたのかも知れない。しかしその際におけるボトルネックは明らかに社内の抵抗だ。「俺たちは自社独立路線で行ける」という気概は大切だが、こと膨大な投資が必要な自動車事業ではもはや空念仏だったろう。

この社内の抵抗感が一挙になくなっていたのが今回のタイミングだ。ある意味、今回の燃費データ不正問題は日産との資本提携を成立させるために千載一遇の機会にもなったのだ。

そして肝心なことだが、この燃費不正問題をもたらした根本原因である「燃費競争に勝ち抜くだけの技術者と技術資産が三菱自工には不足している」という問題が、傘下入りした日産からの技術者派遣で(少なくとも中期的には)解消する可能性が高いことだ。日産からの第三者増資を発表した記者会見で、益子会長が真っ先に言及した提携の効果が日産からの技術者派遣だったのが、彼の頭の中を占めていた自社のボトルネックの在処を示していると、小生には思えた。

つまり益子会長は経営者としていい決断をしたのだ。日産との資本提携が完了し日産からの役員を受け入れたのち、彼は経営から退くことを言明している。最後に彼はすべきことをして引退する。拍手を送りたい。