「日本外交と領土問題」を聴いて

グローバル

港ユネスコ協会主催による第2回国際理解講演会「日本外交と領土問題」(東郷和彦氏講演)を聴いた。

何ともタイムリーな企画のように思えたが、冒頭の主催者・協会長のご挨拶によると、全くの偶然で、東郷氏(元アランダ大使で、現在は京都産業大学の世界問題研究所長)の共書「日本の領土問題」が出版されたことでかなり前に企画されたもので、むしろ今般の情勢から開催見送りを検討したくらいだそうだ(なぜ見送りを検討したのか、主催者側のロジックは不明だが、講師本人がやる気だったとのこと。このあとの港ユネスコ協会副会長の挨拶は長く退屈だった)。

ホットな話題について外務書大物OBである東郷氏のナマの講演が聴けるというので、満員の盛況であった。本人いわく、珍しく提供したレジュメ内容は防衛省かどこかの役人に7月に講演したものをそのまま持ってきたのだが、その時には厳しめの見通しを言ったつもりだったのが、2ケ月後の現在、予想を超えたさらに厳しい事態になってしまったという。

7月時点では「ロシアとの北方領土」「韓国との竹島」「中国との尖閣諸島」の順に緊急性があったのに、今や全く順番が逆になってしまったという。それほど緊迫してきた尖閣諸島問題について氏は裏話的なものも含めて経緯を話されたが、それを聴くと確かに東郷氏の「事、ここに至っては打つ手なし。中国は何を仕掛けるか分からんぞ」という懸念を聴衆は共有できたのではないか。東京では3つの説がまことしやかに囁かれているという。すなわち、①(中国人が信じるが誤解の証拠があると氏が主張する)「石原―野田連携仕掛け」説、②「中国側による陰謀」説、③「ボタンの掛け違い」説である。氏は③の可能性が高いが②の可能性も否定できないと示唆していた。

中国のいう「核心的利益」は元々台湾とチベットだけだったはずが、今や南シナ海での領土問題と並んで、東シナ海の尖閣諸島問題が「格上げ」されてしまっているので、恐ろしい事態である。氏は2008年に中国の軍関係者(トップではない)が会見した際に「尖閣諸島に関し実効支配の実績を作る」と発言したのを聞いて「えらいことだ」と感じたという。それは、それ以降中国政府が鄧小平の遺訓を重視しないというサインだったという。

そしてその変化が2008年の中国公船の領海侵犯開始、2010年の中国漁船と日本の巡視船との衝突事件につながったと氏は見る。それに対し実効支配している側の日本の民主党政府は理解の浅さから直後の対処を間違っただけでなく、実効支配を強めておく対処をしなかったと氏は残念がる。まったくその通りである。「中国との間に領土問題は存在しない」という政府見解は全くの虚構であり、その虚構に基づき何もしない(つまり鄧小平の遺訓を重視する)ことを方針としている民主党政権のやり方は危ういという氏の主張は全くその通りである。

さて2番目のテーマである、韓国との間の「竹島問題」は氏にとっても扱いにくい問題のようで、明確な主張はなかった。知人の韓国人が、それまでの友好的な態度だったのに、この話題で日本の立場を口にするだけで般若顔に変身するそうだ。それほど韓国人のアイデンティティに関わる問題なのである。しかし元々この問題に関心が低かったはずの日本人の多くが、李大統領の振る舞いと行動、韓国人のコメントに触れるにしたがってこの問題を知り、韓国に対する反発を強めているのは皮肉である。これは先日のTV討論会でも思ったが、日韓の感情のぶつけ合いがエスカレートする原因は、韓国側の稚拙さ、被害者意識に根差す甘えのせいである。露骨に言えば、日本が大人の対応をし続けて黙っているのをいいことに、彼ら(一部の人間だが)はつけあがってしまったのである。決して中国のような戦略的な挑発や策略でないだけに、損得勘定で割り切れず、かえって厄介である。

ただ、この問題で角突き合わすと、韓国の反日連中は絶対、「日本はいまだに従軍慰安婦問題で本当には反省していない」というふうに欧米諸国に対しアピールして、対日感情を悪化させる戦術をとるだろうと東郷氏は指摘していた。理不尽にも現代の倫理観で過去の事象を評価する、そしてホロコーストと同列に論じる、欧米の欺瞞。「旧日本軍が強制した事実は確認されていないのだから、それでも日本を有罪にしたいのならば証拠を出せ」という真っ当な主張さえ国際社会で通じないということである。推定有罪にされる日本人としては腹立たしい限りだが、これが日本にとって本当のアキレス腱になっているとのことである(知らなかった)。

最後に10数分だけ、ロシアとの間の北方領土問題について、これまでの挫折の経緯(氏自身が深く関与している)と、何故か妙に明るい展望を聞聴いた。この3国の中で日本が戦略的につながりしかも本当に友好関係を築けるのはロシアだろうと小生も思っている。なぜなら悪感情を抱いているのは日本人であり、ロシア人は日本人にとりたてて悪感情を抱いていないからである。柔道家で親日家のプーチン政権のうちに具体的に動かねば、先はなくなるし、戦略家プーチンが交渉相手として価値なしと見捨てないのは、精々あと1年弱だろう。4島一括返還などという現実性のない主張に拘っていては、未来永劫北方領土は1島たりとも返ってこない。地域覇権を求める中国をけん制するためにも、失礼な韓国の目を覚まさせるためにも、北の大国・ロシア(同様にモンゴル、インドとも)と思い切った友好関係に進むべきであろう。

講演後、講師にご挨拶、名刺交換した。その際に小生の持論である「尖閣諸島問題を日本からICJに提訴すべき」という考えをぶつけてみた。「そういう策も確かにあるね」と氏は言ったが、すかさず「でも実効支配している側が提訴するのは例がないな」と仰った。どうやら外務省OBでもこの策はまともに検討されていないようで、驚いた。「この2つのうちボールが日本にあるのは尖閣諸島問題だけであり、これで中国が応じなければ、中国の説得力がないことを日本は国際社会にアピールできるじゃないですか」という小生の意見に氏は耳を傾けていた。もしかすると近々この大物OBから外務省に、この線で働きかけが生じるかも知れないと期待させる一幕であった。