「ブラック企業」と呼ばれないために今できること

BPM

ある縁でその地のコンサルタント仲間に要請され、地方のある中堅企業を何度か訪ね、経営改革を議論したことがある。イシュー(論点)は色々と変わったが、小生が何度か蒸し返したのが、営業改革を通じての企業体質変革であった。それには理由がある。

その会社はその地方では有力な上場企業だが、今の経営トップが一代で築き上げた急成長企業である。典型的な叩き上げ型である経営トップの号令下、積極的な営業方針で伸びてきた。それでも今や子息の代になって組織の近代化を進めており、本社の管理手法などは東京の大企業と(少なくとも表面上は)同じようなものを取り入れている。

しかしながら営業のやり方、管理の仕方に関しては昔のままである。一匹オオカミ的な営業マンが個人の才覚で、狙った客に飛び込み訪問する「プッシュ型」である。営業所長もプレイングマネージャーとしてノルマを持つ。ここまでは実にありふれた典型的「ニッポンの営業組織」なのだが、この会社、営業マン個人に対する歩合の比率とその報酬額が実に高く、1件受注に成功するとXX間(微妙なので数字は伏せる)くらいは遊んでいても構わないほどである。

その結果、営業マン同士は、互いの案件を横取りすることはさすがにしないが、全く連携しない。上司も部下への指導よりは、自分の受注を上げるのが最優先である。それでどうなるかというと、地元人脈を押さえているベテランが高度に安定した成績を続けて稼ぐ一方で、若手はなかなか成績が上がらず、その多くが定着せずに辞めていく。結果として中堅層は少なく、極端に忙しい。すると若手へのOJT実施者が不足し、若手の離職率に拍車を掛けている。

こうした状況が望ましいとは当該企業も思ってはいないが、長期にわたった不況下、高い離職率でも新人獲得には苦労が少なかった。ましてやその地方では有数の高給会社である。多少仕事がきついという評判でも入社希望者は絶えなかったので、取り立てて特別な対策をしてこなかった(「無策」だったわけではないが、聞いてみると小手先の対策ばかりである)。その状況を小生が問題視し、チーム式営業を基本として推進体制とプロセスを変えるように持ち掛けた。

しかしながら窓口である経営企画部門の人たちの腰は重かった。最高権力者である経営トップがウンと言わないだろう、へたをすると怒鳴られかねないと懸念したのである。なぜならこうした「札束でビンタ」の「一匹オオカミ」営業方式でずっとのし上がってきた会社なので、それを否定することは経営トップには受け容れがたいと考えたようである。結局、その話はそれ以上進まず、未だにその会社は同じやり方を続け、若手の定着率は改善していない模様だ。

新人の採用・教育のコストはばかにならず、こうした定着率の低さはそれだけで勿体ない損失である。しかしそれ以上に、小生はこの会社の未来を心配している。今はまだ表面化していないが、いまどきの「ブラック企業」として非難される条件を十部に備えているからである。

若手から見るとその会社は、①(「注文を取ってくるまで帰ってくるな」などと言われ)拘束時間が長い、②(歩合は高いが受注しないと得られない。それに対し固定の)給料は安い、③営業所長からは(営業成績が上がらないことで)叱責はされるが有効な助言・指導はない、④結果として多くの若手が辞めていく、といった具合である。その企業の名誉のために付け加えておくが、同社は何ら違法行為を行っているわけではなく、本来の「ブラック企業」の定義には当てはまらない。しかし今や就職時期にある学生たちにいわせると、こうした若手が定着しづらい企業は押し並べて「ブラック企業」の資格を満たしているのである。

いずれそのうちに、辞めた元社員が2ちゃんねるや自分のブログ、もしくはfacebookなどにこの実態を書き込むだろう。それにコメントで拍車を掛ける者、知人に転送・シェアする者が出て、パンデミックのようにある時を境に急増殖する。そうなるとこの会社も今どきの「ブラック企業」リストに仲間入りしてしまう。すると途端に入社希望者が減り、今まで何とかつながっていた新陳代謝のサイクルも途切れる。いずれネットに疎いはずの顧客層にもその評判が伝わり、競合に商売を奪われてしまうだろう。

同社の経営企画部門の人たちには「苦い良薬」を経営トップに何とか飲んでいただくよう、勇気を振り絞って「猫に鈴をつけて」いただきたかったが(小生にやらせてもらえば説得する自信はあったが)、とりあえずは先送りとなった。さて今後はどうなるだろう。